やっぱり皮がスキ 14

M⑤

 ハヤトくんを駅前で下ろし、家に帰り着いたのは午後四時半頃だった。
 ビックリするかな。家に男の人を連れて帰ったことなんて一度も無いもんな。まして、外国人だし。まぁでも、基本お客様はウェルカムな家だから、たぶん大丈夫。
 ジェフを玄関に招き入れ、家の中に声を掛ける。
「ただいまー、お客さん連れて来た」
 ジェフを待たせたまま家に上がると、お母さんが居間でテレビを視ていた。大まかな事情を説明し、ジェフを泊めてあげたいと話すと、とりあえず上がってもらいましょうということになった。
 母と二人で玄関に戻ると、滅多に触れ合うことのない外国人にも臆することなく母から声を掛けた。
「いらっしゃいませ。あら、大きい外人さん。汚いところですけど、どうぞ上がってください」
「これ、うちのお母さん。こちらは、ジェフさん。アメリカから来たんだって。さあ、上がって」
 遠慮がちにジェフも挨拶をする。
「急に押してごめんなさい。わたしの名前はジェファーソンです」
 例の翻訳機から出てきたおかしな言葉に、お母さんは困惑したようにわたしを見た。
「翻訳機がちょっと変なんだけど、あんまり気にしないで。なんとなく意味は通じるから」

 夕ご飯にはまだ早かったので、冷凍ピザとビールで空腹を紛らわせてもらっている間に、お風呂の支度をした。日本のお風呂には戸惑うかと思ったけど、ちょっと嬉しそうだ。お母さんと相談して着替えにはお父さんの浴衣を出してあげた。浴衣なら少々小さくても着られるだろうというから。
 お風呂から上がったジェフは、慣れないお風呂に逆上せたのか、ビールの酔いが廻ったのか、真っ赤な顔でフラフラしていたので、少し休んでもらおうとお爺ちゃんの家に案内をして、畳の部屋で横になってもらった。蚊取り線香に火を点けると、珍しそうに眺めるジェフに、「ご飯の用意ができたら呼びに来るから」と云って家に戻った。
 部屋着に着替えて晩御飯の準備を手伝おうとキッチンに行くと、お父さんが今日の収穫であるトマトとナスとトウモロコシと共に帰ってきていた。
 お父さんにも事情を説明すると、「困っとんならおって貰ろたらいいよ」と云ってくれた。
 今日のメニューは、鶏の唐揚げ、タコ、ナス、カボチャ、玉ねぎの天婦羅、カレイの煮物、蒸しトウモロコシ、スライストマト。それから、これらがジェフの口に合わなかった場合の保険としての山盛りフライドポテト。兄貴家族もまた来るそうだから全て多めに作ることになった。
 午後6時頃、兄貴家族がやってきて、儀姉さんも手伝いに入ってくれたので、わたしはお爺ちゃんとジェフを呼びに行く。
 居間でちょうど相撲中継を見終わったお爺ちゃんに、ご飯できたよと声を掛け、ジェフが寝ている奥の和室をノックした。
「ジェフ、入るよ」
 そっと襖を開けると、浴衣の前を豪快にはだけて眠っていた。真っ赤なボクサーブリーフに視線を奪われる。
「ジェフ~、起きて~」
 目のやり場に困りつつ遠目から声を掛けても起きる気配がない。
 参ったなぁ。とりあえず前をなんとかしなきゃ。すりすりと近寄り、はだけた浴衣を整えようと試みる。視線を逸らせようにも、どうしても真っ赤なパンツが気になり、無理矢理上半身に目を向けると、これまたすっごく良い身体。シックスパックに視線が奪われる。カッコいい・・・。
 煩悩を振り切り、強引に浴衣の前を合わせ帯をギュッと締めなおして、ようやく冷静さを取り戻す。
 ジェフは苦しそうな表情で、ウンウンと魘されていた。
「ジェフ大丈夫、ジェフ」と声を掛けるが起きる気配がない。
 もう一度、「ジェフ、ジェフ、ご飯できたよ」と声を掛けながら身体を揺すると、突然ガバッ、とジェフが起き上がった。
「うわっ、ビックリした!」
 驚いて尻餅をつくと、ジェフは恐怖に慄く表情で、わたしの姿をジロジロと見た。
 そうとう怖い夢でも見たのかな。
 
 お座敷にジェフを連れて戻ると、料理は大方揃っていた。
「こちら、アメリカから来たジェフさん」
 ジェフが翻訳機を使って自己紹介を始める。
「はじめまして、私の名前はジェファーソンです。ジェフと呼んでください。私はアメリカから来ました。ご不便をおかけして申し訳ございませんが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます」
 みんなの目が点になっている中、お祖父ちゃんだけは動じることなく言葉を返した。
「そりゃ遠いところからよう来なさった。なーんも無いとこですが、ゆっくりしてつかあさい」
 翻訳機が訳した英語を聞いて、ジェフは首を傾げている。やっぱ方言の翻訳は無理か。
「ゆっくりしてくださいって」
 フォローを入れると、「センキュー、ベリーマッチ」とジェフは笑顔になった。
「なあんも無いけど、食べ物だけはぎょうさんあるんで、どんどん食べて飲んで下さい」
 お父さんがジェフのグラスにビールを傾けた。
「アリガトウ、ゴジャイマス」
 ジェフはグラスを傾けながら、翻訳機を遣わずに日本語で応えいると、場が湧いた。
 口に合うかと心配していた料理も、「オイシイ、オイシイ」と何でもよく食べてくれた。
 アニメキャラの英会話教材で勉強しているという甥っ子のコージは、母親にせっつかれて恥ずかしそうに英語で問い掛けた。
「ハウオールダーユー」
「アイムサーティワンイヤーズオー、アンジューエンワッチュアネーン」
 えっ、いま、ジェフなんて云ったの? と思ったら、コウジは事も無げに答えた。
「マイネームイズコージ、セブンイヤーズオール」
 すげぇコウジ。見直した。
 恥ずかしさが薄れたのか、幾分堂々としたコウジが続ける。
「ホワイディジューカムトゥジャパン?」
「アイケイムトゥルッフォーアパースン」
 もう判んない。大人たちを置き去りにして、二人の会話は続く。
「ワッカインドゥオブパースン?」
「ズィパースンイザンエンズィニア エンアネクスポートン ジャイロセンサーズ、ドゥユノウ ジャイロ?」
「ジャイロ? アイドンノウ」
 そこで兄貴が口を挟んだ。
「ジャイロって、機械の姿勢制御とかに使うあのジャイロのこと?」
 ジェフは慌てて翻訳機向けた。
「丁度です。そのジャイロです」
「丁度? ま、いいか。ジャイロセンサーを探しに日本に来たってこと?」
 兄貴の問いにはコウジが答えた。
「ジャイロの技術者の人を探しに来たんだよね?」
「イエス、ヒズネームイズ ミ・ウ・ラ」
「ミウラ? ミウラさんか。明日でよかったら、ちょっと聞いてみようか?」
 兄貴が農業機械以外の機械のことなんて知ってんのかな。
「え、お兄ちゃん、農家のくせに、そのジャイロなんとかなんて知ってんの?」
「当たり前だろ。うちのトラクターにだってジャイロセンサーは使われてるんだから。イサキ農機に聞けば、なんか知ってるかもしれないだろ? 世界のイサキなんだから」
 得意げに兄貴が鼻を擦る。イサキ農機が凄いのであって、兄貴が凄いワケでも何でもないのだけど。
「へぇ、そうなんだ。なんか判るといいね、ジェフ」
「はい。役立ちます。ありがとうございました」
 ジェフはペコリと頭を下げた。大きな身体で熟す仕草がカワイイ。
「いや、これからだし、役立つかどうかはまだ判んないから」
 そんなわたしたちの遣り取りを黙って聞いていた儀姉さんが、わたしの食べかけのカレイの煮付を見て、わたしにだけ聞えるような声で云った。
「今日は皮からいかないのね?」
 目つきが何かを物語っている。バカにしてるか、からかってるか、どちらにしても上品な目付きではない。
「いや、だって、カレイはほら、皮が薄いから、キレイに剥がせないでしょ?」
 何故だか焦りながらの反論を、意にも介さずさらに追い打ちを掛けてくる。
「マドカちゃんにも恥ずかしがる相手ができて良かったわ。それにしても、凄いイケメンね」
 儀姉さんのウィンクから星みたいなのが飛んだ。まぁ、イケメンなのは認めるけれど、そして、意識しちゃってるのも認めざるを得ないけど。

 9時頃にはお開きになり、兄貴家族は帰り、ジェフはお祖父ちゃんの家に行った。台所の後片付けを少しだけ手伝った後(というのも、ほとんどの洗い物はお儀姉さんが片付けてしまっていたので、最後に残ったちょっとだけしかやりようがなかったのだ。ホントは獅子粉塵の大活躍を見せる予定だったのに、お儀姉さんに先に良いところを持っていかれたのだ。ホントだよ!)、ベッドに寝ころび考える。
 実は、ジェフがお風呂に入ったとき、洗濯しようとしたズボンのポッケにパスケースが入っていたのだ。そこには、確かにジェフ本人の顔写真の入ったカードが2枚。一つは『DRIVERS LISENCE』と書かれていたのでたぶん運転免許証。もう一枚には『UNITED STATE ARMY』と書かれていた。『ARMY』って軍隊のことよね?
 ハヤトくんの話は本当だったのだろうか? アメリカ軍は軍事ロボットを開発している? パスケースを戻しておこうと開いたジェフのリュックの中には、それっぽいモノも入ってたんだよね。プラスチックのバインダーに挟まれた、ロボットの脚のような図面が描かれた分厚い資料。表紙には赤字で『SECRET』と書かれていた。
 そうだとしたら、いくら世界のイサキに聞きに行っても、無駄足じゃないのかなぁ。

 翌日、目覚めると朝9時まであと数分という時刻だった。ジェフ起きてるかなとリビングに向かうが、お父さんが一人でサンデーモーニングを視ているだけだった。
 顔を洗って髪を整え服を着替えて、トーストとバナナで朝食を済ませ、そろそろジェフを起こしに行こうかなと思ったところに、兄貴がやってきた。
「ジェフは?」
「まだ寝てるっぽい」
「すぐ起こしてきて! イサキのセンサーに詳しい技術者が今から会ってくれるって!」
「・・・わかった、起こしてくる」
 なんで兄貴が興奮してるんだろ。まあ、ロボット用の特殊なモノが必要だと知らないんだからしょうがないか。
 すっかり乾いたジェフの服を持ってお祖父ちゃん家に向かうと、お爺ちゃんは縁側に並んだ盆栽の手入れをしていた。
「おはよう。ジェフはまだ寝てる?」
「おはよう」
 ・・・・・・
「おはよう」だけかい⁉ ちょっとボケて来てんのかなぁ。もう86だし、仕方ないか。
 縁側から上がり、奥の座敷の襖をノックする。
「ジェフ、起きてる?」
 反応がない。
「ジェフ、開けるよ」
 と云いながら、そおっと襖を開けると、昨日の光景が再現されていた。赤いボクサーブリーフと細マッチョな上半身に視線を奪われるが、しかし二度目だ。ドキドキも昨日ほどではない。乱暴に浴衣を合わせ、幾分冷静に肩を揺する。
「ジェフ、起きて!」
 ジェフの瞼が苦し気に開く。
「グンモーニン・・・」
 しんどそうな声だ。朝が苦手な人なのかな?
「お兄ちゃんが、昨日云ってた人のところに連れて行ってくれるって。もしかしたらセンサーのこと知ってるかもしれない人のところ」
 ジェフは顔を顰めたまま反応しない。
 そうだ、翻訳機だ。辺りを見回すと、スマホと一緒に部屋の隅で充電器に繋がれていた。
 それを拾ってボタンを押しながらもう一度云う。
「お兄ちゃんが、センサーのことに詳しい人のところへ連れて行ってくれるって。だから早く起きて」
 英訳された機械の声を聞くと、ジェフが飛び起きた。
「本当ですか?」
「うん。迎えに来てるから、早く着替えて。これ洗濯しておいた服」
「この上なくありがとうございました」
 丁寧なお礼を云うわりに、顔色が悪い。
 悪いのかな? 元々色白だからなぁ。

『やっぱり皮がスキ 15』へつづく

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