やっぱり皮がスキ 22

J⑧

 展望台から眺めるナルトストレイトの景色はビューティフルだ。ゴールデンアイルズのビーチも美しいが、同じ海でも全然似ていない。青い空と緑の陸地に挟まれた碧い海、そこに浮かぶ無数の島々。そしてそれらの自然と調和した巨大な橋。
 その繊細な景色に見惚れていると、隣でハヤトが呟いた。
「どうやってこんなに大きな橋を作ったの?」
 たしかに凄いよな。人類はあんなにも大きくて美しいモノを創り上げてしまうのだから。
「どうやったんだろうね? でも、人間って凄いよな。オレたちが想像したことを次々と実現しちゃうんだから。このスマホだってそうだし、いつか本物のガンガルだって作れちゃうんじゃないかな」
「ガンガルも⁉」
 ハヤトは目を輝かせていた。
「そう、ガンガルもだ。でも、それには知識が必要だ。だからたくさん勉強しなくちゃいけない。たくさん勉強すれば、ハヤトだってガンガルの開発リーダーになれるかもしれないよ」
「ぼくが? ガンガルを?」
 純粋で真っ直ぐな瞳に見詰められ、ちょっと云い過ぎたかなと軽く後悔し、頭を撫でてその場を誤魔化した。

 再びクルマで走り出すと、ハヤトが何か語り掛けてきた。翻訳機を翳してもう一度繰り返してもらう。
「ねえジェフ、ガンガルは戦争用のロボットですよね? ガンガルを作ることは戦争と戦うことを意味しますか?」
 またガンガルの話か。ちょっと迂闊な事を云っちゃったかな。
「確かに、ガンガルは兵器だけど、だからといって戦争を始めるための道具ではないよ。戦争を避けるために兵器を備えておくことも大切なんだ」
 ハヤトは真っ直ぐに聞いている。ちゃんと伝わっているのだろうか?
「たとえば、ハヤトが銃を持っている人とケンカしたとしたら、勝てると思う?」
 すぐに返事が返ってきた。
「銃を持っているなら、戦う代わりに殺されます」
「そう、殺されちゃうかもしれない。殺されなくても、銃で撃たれるのはイヤだろ?」
 ハヤトは首を傾げながら答えた。
「撃たれたり殴られたりするのが好きではないので戦いたくない」
「だろ? 誰にも負けない強力な武器を備えていれば、誰も戦いを挑んでは来ない。だから戦争は起こらない」
 ハヤトは少し考えてから、続けた。
「そして、敵と味方の両方が銃を持っていれば、結局戦争が起こるでしょう」
 そう来たか。確かに軍需産業はそうやって利益を稼いでいるのも事実だけど、ハヤトにはまだ難しいか。
「そうなると、どこにでもある銃よりも強力な兵器が必要だ。ガンガルはまだ世界のどこにも無いしね」
 そのとき急にマドカが割り込んできた。
「アメリカ人らしい話ですが、もっと単純な理由で良いです。悪い人を倒すため。相手は子供です」
 いやいや、今どきの子供はそんな単純な話じゃ納得しないだろ。ましてガンガルファンなら戦争がなぜ起こるかは判っているはずだ。
「そうじゃないよな、ハヤト。ガンガルは戦争しているけど、どっちが悪いとかあるか?」
「どちらも悪くない!」
 即座に返事が返ってきた。やっぱりハヤトは判っている。普段の物静かな佇まいといい、まあまあ賢い子供のようだ。
「ああなるほど。しかし、戦争を防ぐために強力な武器を作ることは矛盾していると感じています」
 マドカが不服そうに呟いた。
 それはそうだが、平和ボケしている日本人らしい発想だ。自分の身は自分で守るというのがワールド・スタンダードだと思うけど、日本人には伝わらないかな。
「そうだね。兵器や軍隊を必要としない世の中であれば素晴らしいとは思うけど、それじゃあオレが失業しちゃうよ」
 と云ってしまってから気付く。
 しまった、マドカには軍属だと明かしていなかった。もう隠さなくても良いとは云われているが、ここまで黙ってきたんだ。敢えてバラして変な気を遣われるのも心苦しい。気付いただろうか?
 横目でマドカの様子を伺ったが、無表情のまま正面を向いてハンドルを握っている。
 聞えなかったのだろうか? それならそれで良かったけれど。
 そこで会話が途切れ、カーオーディオから流れる日本語の男性ボーカルの歌声が白々しく響いた。

 クサツというレストエリアで早目のディナーを済ませ、再びハイウェイを疾走する。疾走といっても時速60マイルほどだから大して速くはない。スピードメーターに『100』と表示されたときには100マイルも出しているのかと驚いたが、日本ではキロメートル表示がスタンダードらしい。
 クサツを出て一時間も走ると渋滞が始まり、なかなか前に進めなくなった。ハヤトはお腹が満たされたからか、バックシートで眠っている。
 ストップアンドゴーを繰り返しながら、マドカが欠伸をした。
「マドカ、眠いの?」
「いいえ、大丈夫」
 そう答えたマドカの横顔は少し疲れているように見えた。
「疲れたなら、休憩しようか」
「ただし、サービスエリアはこの量で混雑しますので、渋滞が解消されるまで頑張ります」
 笑顔を浮かべて平静を装った。
「そう? じゃあ、眠くならないように何か話そうか?」
「うん」
 すぐに返事をして、少し考えてからマドカは続けた。。
「次に、ジェフについて話します」
「オレのこと?」
「そう。子供の頃はこんな子供だったのか、学生時代はクラブ活動だったのか、恋人はどんな人なのかと思いました」
 女性がそういうことを聞きたがるのは、アメリカ人も日本人も同じか。
「普通だよ。両親ともにエアポートで働いていて、父親はポーターで母親は売店の売り子。それで、子どもの頃から飛行機が好きで、パイロットになりたかったんだ」
「あぁ、だから空軍に?」
「いや陸軍」
 あれ?
「っていうか、知ってたの? オレが軍人だって?」
「あっ、すみません。ジェフが私たちの家に来た最初の日に洗濯をしましたか? 当時、ジーンズにはIDカードのようなものがありました。それはUSアーミーとして書かれたので」
 なんだ、IDカードを見られてたのか。
「その後、バッグの中も見えました。ロボットの脚のように見える文書・・・ごめんなさい」
 プロジェクト・ガンガルまで知られてしまったのか? それはマズい・・・。
「でも、全部英語なので、何が書かれているのか全くわかりませんでした・・・ごめんなさい。怒っていますか?」
 しまった。迂闊だった。アレを見られてしまったか。
「いや。あれだけお世話になったんだから、怒るワケにはいかないよ。でも、あのプロジェクトのことだけは、誰にも云わないで」
「云わない、云わない。絶対云わない」
 駐屯地内でも極秘のプロジェクトだ。知っているというだけで、マズい事になりかねない。消されることは無いだろうけど。
「あなたが今探している部品は、そのロボットに必要な部品ですよね?」
 うっ、難しい質問だ。ちゃんと話して改めて協力を仰ぐべきなのか。それとも、黙っておいた方が彼女のためなのか。逡巡していると、すぐにマドカが取り消した。
「ああ、いいね。答える必要はありません。別の話をしましょう。では、あなたの恋人はどんな人ですか?」
 気を遣わせてしまって申し訳ない。お詫びとして、彼女の期待にはしっかり応えたいのだけれど・・・。
「ブロンドで、美人で、スタイル抜群で、エマ・ストーンに似てるんだ」
 ローズの姿を思い浮かべながら答えた。
「ねぇ、結局のところ、それは人気があります」
 ローズが人気があるかって? 海軍兵に取られちゃったんだから人気があるんだろうなぁ。
「二週間前にフラれたんだ」
「え、うそ?」
 憐れむかと思えば、笑顔を浮かべてやがる。マドカは基本優しい子なんだけど、ときどき人の悪さが顔に出るな。
「ホント。潜水艦乗りと二股かけられてたんだ。もしかしたら、ロシアかチャイナのスパイだったかもしれない」
「まあ、それはすごい、それは映画のようです!」
 そうあっさり受け入れられると、ちょっと悪い気がしてきた。
「いや、それはオレの勝手な想像だけど」
「はい、そのとおり。失恋直後の日本への出張ですか? 大変でしたね。」
「うん。たいへん過ぎて、フラれたことは忘れてたさ」
「わかります。それは本当だ。仕事で忙しいときは、気が付かないうちに忘れてしまいます。」
 相変わらずクルマはトロトロとしか進まない。会話のおかげか、マドカの眠気もどこかに行ってしまったようだが、もう少し話を続けよう。
「じゃあ、今度はオレから質問。マドカは恋人いるの?」
 少し間をおいて返事が返ってきた。
「そうではありません。次の数日間わたしと一緒にいるかどうか知っていますよね?」
 いない、ってことかな?

やっぱり皮がスキ 23』につづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?