やっぱり皮がスキ 17

M⑥

 イサキ農機から帰ってきたジェフは、あまり浮かない顔をしていた。
「いい情報は得られなかったの?」
「そうですね・・・。彼は良い人でしたが、本社のエンジニアリング部門に尋ねます」
 どういうことかな? 今日会って来た人は、人は良いんだけど知識がないから本社の人に改めて問い合わせる、ってことかな?
「じゃあ、何か判るかもしれないね」
「はい。明日ご連絡ください」
 明日連絡してみるってことかな? じゃあ、少なくとももう一泊はしていくってことよね。
「クレジットカードの方は?」
「まだダメです」
 元気が無いのはその所為か。でも、カードが復活すれば、きっとすぐに出て行ってしまうだろうし、もう少しだけこのままで。
 明日、明後日と2日間頑張れば、夢のお盆休み5連休。そこまで引っ張れないかな。そうなりゃ、ユカのドタキャンも逆に良かったってなるんだけどな。
 そうだ。どんなヤツだか知らないけれど、彼氏ができたユカにジェフを見せつけてやろう。絶対に見た目ではジェフに敵いっこないわ。
「ねえ、午後からはヒマでしょ? わたしがこの辺りを案内してあげるよ」
 お母さんが用意してくれた昼食の素麵をズルズルと平らげると、ジェフの返事も聞いてないけど強引に連れ出した。
 さて、どこに行こう。新居浜イオスはマストだな。そのあとシーランド三島に寄ってスズグラン川之江まで足を延ばすか。ユカと直接会えなくっても、この三カ所を練り歩けば知り合いの2~3人には目撃される。そうなれば、あっという間に「マドカが超イケメン外国人とデートしてた‼」という噂で持ちきりになるわ。
「さぁ、乗って乗って」
 ジェフを愛車の狭い助手席に押し込んで出発。まずは進路を西へ!
 日曜日の午後ということもあって、イオスは人でごった返している。といっても、松山マツシマヤの比では無く、人波を避けながらもスイスイと歩くことはできる。2Fのフロアを端から端まで練り歩くと、すれ違う人々の視線がジェフを追うのが判る。
 少し得意げになりながらも、わたしは周囲の人々を観察する。誰か知り合いはいないかしら。彼氏を連れたユカとバッタリ遭遇すれば最高なんだけど。
 ウニコロでTシャツを手にジェフの身体に合わせているときも、トイザウルスで手触りの良いぬいぐるみをモフモフしているときも、プラザカピコンのクレーンゲームでユルパンダを狙っているときも、視線は周囲を伺うことを疎かにしない。ジェフがガンガルのフィギュアを見事にゲットしたときでさえも、ハイタッチを交わしながらもチラチラと周囲を見渡した。
 それなのに、誰一人知り合いと出会わない。東予に暮らす老若男女の8割が、土日のどちらか、または両日共に新居浜イオスにやって来るという都市伝説があるほどなのに。都市ではないけれど。
 周囲を警戒し過ぎたせいか、小一時間ほど経ったころにはすっかり疲れてしまった。
「ちょっとカフェでお茶でもしましょう」
「オッケー。でも、わたしは紅茶よりコーヒーを頂きたく思います」
 1Fに降りてムーンバックスへ入る。店内は混んでいたけど、チラホラと空いている席もある。わたしは抹茶フラペチーノを、ジェフはアイスカフェアメリカーノを頼み、狭い店内を縫うようにして壁際の二人掛けの席に着いた。
「ふぁー疲れた」と呟いたそのとき、隣の席から聞き覚えのある声がした。
「えっ、マドカ?」
 条件反射的に振り向くと、さっきまで目を皿のようにして探していた相手がそこにいるではないか⁉
「ユカ! どうしたの?」
 どうしたの? と思わず云ってしまったが、聞かずもがなだ。ユカの正面には見慣れないオトコが座り、あれこれと買い物をしたのであろう幾つもの買い物袋が脇に置かれている。
 こいつがユカの彼氏か。フフフ、勝った。いや、彼氏という時点で本当は負けているのだが、それを補って余りあるほどジェフの容姿は勝っている。
「いや、あの、ちょっと・・・」
 気まずそうにユカが、彼女の正面に座るお笑いコンビの『パッとしない方芸人』のようなオトコに視線を送る。
 わたしはことのほか大きな声で問い掛けた。
「あぁ、新しい彼氏? いいなぁ、お盆休みは一緒に旅行するんでしょう?」
 余裕の笑みを浮かべ、パッとしない方芸人を値踏みするように眺める。
「あの、マドカ、ごめん。本当にごめんなさい」
 一応、悪いとは思ってるのね。ま、これからのこともあるし、あんまりイジメないであげよう。といっても、パッとしない芸人とジェフを並べられるのは、これ以上ないイジメよね。
「ううん、いいの。たっぷり楽しんできてね」
 わたしたちの遣り取りをポカンと眺めるジェフに意味あり気な視線を送る。特に意味は無いのだけれど。
「あ、ありがとう・・・。もしかして、彼氏?」
 恐る恐るユカが発した「もしかして、彼氏?」の後に、(ちょっと信じられないくらい超イケメンじゃない?)という声にならない声を聞いた。
わたしはウソップのように鼻を高くしながら答える。
「オホホホホ、違うわよ。ただの友達よ。今はね」
 答えながら改めて、お互いの正面に並んだオトコ二人を見比べる。身長、体型、髪型、顔、どこを取っても圧倒的だ。
「じゃあ、わたしたち、もう行かなくちゃいけないから」
 と、まだ半分ほど残っていたドリンクを手に取ると、ユカとパッとしない芸人は荷物を抱えて逃げるように店を出ていった。
 やった。完全勝利よ! ありがとうジェフ‼
 ようやく翻訳機を翳しながらジェフが云った。
「以前に言及した人たちは友達ですか? どういう訳か怖い顔で睨みつけられましたが、何かおかしな事をしましたか?」
「大丈夫。ジェフは完璧よ」
 ジェフは未だポカンとした顔をしていた。

最高の形で目的を果たしたわたしはもう満腹だ。シーランドとスズグランにはもはや用は無いけれど、時間はまだある。本当の観光にでも行こうかと思案する。外国人だし、やっぱりお城とか観ると嬉しいかしら。
「お城にでも行ってみようか?」
「お城がありますか? 観たいです」
 じゃあ川之江城まで行くか。天守閣は小っちゃいけど、眺めは良いし、入場料も安いし。
「じゃあ、行きましょう!」
 再び愛車の狭い助手席にジェフを押し込み、来た道を東に帰る。土居を過ぎ、三島を超えて、川之江に入ればすぐに到着。天守のすぐ近くまで車で行けるのも有難い。
 車を降りて川之江城を見上げるジェフは興奮気味に何やら喋っているけど一切判らない。嬉しそうだから、「グレイト! ファンタスティック! アメージング‼」とか云ってるんでしょうけど。
 それにしても日曜の午後だというのに、この人の少なさはなんなんだ? 駐車場にはたった3台しか停まってないし、見渡せる範囲の人は、観光客らしき人が2組5名、ご近所からのお散歩中らしき人が4組6名。もうちょっと頑張れよ四国中央市。
 スマホで写真を撮りまくっていたジェフが、いささか落ち着きを取り戻して戻ってきた。
「スゴイ、カッコいい、東京で見た本格的なガンガルと同じくらいカッコいい!」
 本格的なガンガル? なんだろう? 超精密なプラモデルでも見たのかしら。
「中に入ってみよう」
 入場料はなんと、大人100円、子供50円。いまどきこんな価格設定の観光地ってある?
 天守に登ると海からの生暖かい潮風が全身に纏わりついた。真夏の午後3時。そりゃそうだよな。もうちょっとゆっくり来れば良かった。瀬戸内に沈む夕陽を二人並んで眺めれば、何かが芽生えたかもしれないのに。
 ジェフは粘つく潮風を気にする素振りも見せず、海を眺めながら「美しい、とても美しい・・」と繰り返した。
チラッとでもわたしを見て云ってくれないかしら。

 月曜日。最後の力を振り絞ってベッドを出た。いや、あと1日あるから最後の力じゃないけど、とにかく頑張って起きて仕事に向かった。あと2日。あと2日頑張れば、永遠と云っても過言ではない5連休が待っている。そう云い聞かせながら、爺さんたちを宥め賺し、子供たちも宥め賺しているうちに一日が終わろうとしていた。
 5時半で上がったカネダさんに代わって受付に付く。待合室にはあと2人。6時半くらいには終われそうだと算段していると、女性の患者様がやって来た。あぁ、7時まで延長。
「こんにちは」と声を掛けると、診察カードを出す素振りもなくわたしに問い掛けた。
「岡本さん、ですよね?」
「はい・・・」
 あれ、患者様じゃないのかな?
「お仕事中にすみません。わたし、オチ・ハヤトの母です」
「あぁ、ハヤトくんのお母さん?」
「はい。先日はハヤトが大変ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」
 結局バレちゃったのか。やっぱ子供だな。
「いえいえ迷惑だなんて全然です。ハヤトくん、車の中でも大人しくしてましたし、とっても良い子でしたよ」
 怒られたのかなと心配しながら言葉を返すと、突然『霜の森大福』の紙袋を差し出された。これ、メッチャ旨いヤツ。
 ハヤトくんが迷惑をお掛けしたお詫びにって云うんだけど、もらっちゃって良いのかな?
「いえ、そんな、わたし何もしてませんから」「本当にご迷惑をおかけしましたから」「そんなそんな全然ですよ」「いえいえ、こんなモノでアレなんですけど、お召し上がりください」的な応酬を3往復ほどやって、仕方なくいただくことにした。やった!
 それから少しお話を伺うと、ハヤトくんどうやらキセルして松山まで行っていたらしい。そりゃ怒られるわ。でも、大した度胸だ。それほどまでにあの部品が欲しかったのか。ガンガル恐るべし。
 ちっぽけな部品が欲しくて一人で松山まで行ったハヤトくんと、ロボットの部品を探して一人でアメリカからやってきたジェフ。なんだかちょっと似てるなぁ。
 ハヤトくんのお母さんをお見送りして、結局6時半ころには後片付けも終わり、帰途へ着くことができた。家に帰ると、ジェフは父と祖父と共に、既にビールで赤い顔をしていた。ちょっと嬉しかったのは、昨日イオスで買ってあげたTシャツを着てくれていたこと。ウニコロのワゴンセールで1枚900円だったヤツ。
 次の日、今度こそ最後の力を振り絞りベッドを出た。今日で最後と思うと、何故だかいつもより身体が軽い。テキパキと支度を済ませ、寝起きでボンヤリしているジェフに「おはよう! いってきます!」と元気よく挨拶をして家を出た。
 夢の5連休まであと一日だと張り切って診療前の準備をしていると、入り口のドアが開く音がした。受付開始前からやってくる爺さん婆さんかと思いながら振り向くと、そこにいたのはハヤトくんだ。
「あれ、ハヤトくん。聞いたよ。お母さんにバレちゃったんだって? 叱られたでしょ?」
「うん。スピードスターも取り上げられた」
 しょんぼりしているかと思いきや、案外サバサバとしている。
「そっか、まあ、キセルしちゃったんじゃあ、怒られるよねぇ」
「キセル?」
 そっか、キセルという言葉は知らないのか。大胆な割にまだまだ子供だな。
「電車賃を誤魔化すことをキセルって云うんだよ」
「ふぅん。でも、お母さんに叱られたこと、なんで知ってるの?」
 お母さんがお詫びに来たことも知らないのか。じゃあ、『霜の森大福』をいただいたことも知らないんだろうな。それは云わないことにしよう。
「昨日、お母さんが『迷惑かけました』って謝りに来てくれたのよ。ついでだったし、迷惑なんて掛かってなかったんだけどね。一応フォローはしておいたよ。『ハヤトくんとっても大人しくてイイ子だったし、それだけ熱中できることがあるのは、良いことじゃないですか?』って」
「ふうん。それより、ジェフはまだいるの?」
 フォローしてやったって云ってんのに、「ふうん」ってなんだよ。そこは「ありがとう」だろ!
「いるよ。クレジットカードがまだ使えないみたい」
 ジェフがいると知り、ハヤトくんは安堵の表情を浮かべた。
「僕、東京のオジサンちに遊びに行くんだよ。そのオジサンは東京でロボットの研究をしていて、もしかしたらジェフが探しているパーツのことも何か知っているかもしれない」
 東京のオジサン? ロボットの研究? ジェフが探しているパーツのことを知っているかもしれない?
 わたしは明日から5連休。もともと東京に行く予定だったがスケジュールは真っ白け。そして、ジェフはカードが使えない。ということは・・・、ということよね!
「マジで?」
「ま、まじで・・・」
 ハヤトくんは何故だか怯えたような顔をした。
「わたしたちも行っても良いかな? そのオジサンって東京のどこに住んでるの? どこまで行けば会える?」
「えぇと、東京しか判らない。前に行ったときはまだ小さかったから」
 ったく、これだから子供は使えねぇなぁ。しょうがない、お母さんに電話してみるか。
「お母さんに電話して聞いても良いかな? お母さんの携帯号教えてくれる?」
「良いけど、お姉さんも一緒に行くの?」
「そうね。ジェフはまだカードが使えないし、二人分の高速バス運賃を払うとなるとちょっとキツイし・・・。わたしのクルマで行こうかな」
 そう答えると、ハヤトくんは何かを決意するかのように、わたしの目をしっかり捉えて訴えた。
「じゃあ、僕も一緒に連れて行って!」
 えー、邪魔だなぁ。
「一緒じゃないと、僕のオジサンには会わせない」
 コイツ、交渉するつもりか、子供のくせに。でも、確かに甥っ子を使って接触した方が、オジサンの警戒感も薄れて話しやすくはなるだろうな。仕方がない、折れるか。
「じゃあ、お母さんが良いって云ったらね」

『やっぱり皮がスキ 18』につづく


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