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Rの沈痛


 木陰で読書していると、本に影が出来た。見上げると、背広を脱いだサラリーマンと思しき男が、無言でRを見下ろしている。
「・・・」
当然、近付いて来たのは、或いは、読書の邪魔をしたのは、その男であるからして
Rは無言で男を凝視する。
尚も男は無言で、いや、Rを見つめ、動こうとしない。
この公園はパブリックスペースであるから、男が居ることに異議唱えることは無論しない。
が、少なくとも、読書をしている女の邪魔になる行為、距離感を恣意的に縮める心に
不穏さを感じても差し支えないであろう。
男はRより一回りは若いとRは思い、これは新手のナンパか、枯れ専か、それとも、仲間と賭けでもして老女をからかう所存か?
幾多の想像がRの脳内を駆け巡るも、いよよ意地となり、無言を貫く。
男が隣りに座る。
許可も取らずRの木陰を共有する。
目が合う。いや、Rが窺うように目を視る。
男は目を逸らせ、視線をRの首に、鎖骨辺りに、そして胸へと動かす。
こうなれば意地だ。近付いた側が、意思表明すべきであろう。
Rは最も苦手な無言を貫く。
小一時間・・
男はRの胸を見続けた。
痴漢・・でもない?触りもしないもの。
何?少し怖い。
かなり怖い。
ヘンシツキョウ?アブナイヒト?
俄かにRは恐怖に駆られる。
さて、いきなり立ち、男を刺激すれば、何らかの禍を招くやも知れぬ。
かと言って、そぉっと、離れるなんぞ、
沈黙で見知らぬ女の胸を見る男の無神経さ、ホラーな人格に、通じるわけもなし。
なら・・
いっそ、とー
Rは歌った!高らかに歌った。
「おっぱい、見たい~♪ ほ~ら、おっぱい、林檎パパイヤマンゴかな~♪」
ブラウスの前をはだけ、男の前に乳房を晒し、明るく元気に歌った。
「おっぱい、キウイパパイヤマンゴかな~、あ、林檎忘れた~♪」
遠くでサイレンの音・・
「さ、現行犯だね、R」
男は、手錠を出した。
卑怯者!
何たる理不尽な!
誰にだって、おっぱい見せてるわけじゃないわよ!
変な男から守るためなのに。
※公園で昼日中、上半身裸の初老と思しき女、付近の通報あり、監視。
 本日無事捕獲。
 



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