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かの地:夏

夏が近付くと、記憶の地が心を占める。
一気に私は幼い少女に戻り、
祖父と登った石段、神社、緑に覆われた山の中、祖母の炊くご飯。タクワンだけで何杯もお代わりした小さな私。
それ程に、山で食べるご飯は美味しかったのだ。

かの地


かの地

兄は蝶を採り、昆虫採集という小学校の課題に、多くの蝶を出品し、評価されー
後、蝶を殺したことを知り、心病んだ。

杉の生い茂る山の中、有名なK大生物研究所があり、
そこにはホルマリン漬けされた蛇や蛙、それらは、後に私の夢に出て来ては
私を叫ばせた。

祖父は、教授と和やかに談笑し、私と兄は研究所内の禍々しさから逃げようと敷地の周辺散策し、見付けた井戸を二人で覗き込み、
吸い込まれそうな暗い穴に恐怖し、逃げ帰った、息切らし、祖父と老教授の傍に駆け寄り涙ぐんだ。
井戸は深いからね、と教授が笑い、私の頭を撫でた。

石段は走って駆け上がり、いくら山の中を駆けても駆けても疲れを知らない少女の私が居た。

かの地

山の橋は、木がボロボロで、兄が揺らすと私が怖がった、そのうち、兄も怖がり、二人して先に進めないという有様。

かの地

繊細なる蝶採りの達人は、今もかの地を愛し、同時に怯え、生き物を殺した自分を赦せず。

また、祖父母の居ない現実を、二人の兄妹は、受け入れがたく、幾つになっても
夏の地を懐かしみ悲しむのだ。

ああ、優しい祖父よ、祖母よ、貴方達と過ごした夏が、貴方達不在の地に

今年もまた、やって来ます。

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