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小雪舞う古都にて②”憧憬”:私小説「クラブ活動と私」

小塚こづか先輩の提案で決まった創作部総出の二年参り。
そして下見にカモフラージュされたWデート計画。
目指すは京都、八坂神社・・・?


「お待たせ~。」
集合時間から少し遅れて、松川まつかわさんが隣りの
ホームからやって来た。

オレ(上村かみむら 博昭ひろあき)や金田かねだ、小塚さんの3人はそれぞれ
最寄り駅から割と近くに住んでいて交通の便もいい。
対して松川さんは電車やバスを使うにもそれなりに
時間の掛かる所に自宅がある。
通学する時も自転車。
駅まで行くより直接学校に向かう方が早いからだ。
それでも結構時間が掛かるし、何より道中は大変だ。
ウチの高校は丘陵地帯の中にある。
学校の周辺はかなりアップダウンが激しい。
オレも家から学校まで試しに自転車で走ったことが
あるけど、男で元運動部のオレでもキツい。
そんな中を雨の日でも自転車で通っているのだから
この人は見掛けに寄らずタフなんだろうな。

オレや小塚さんはそんな事情をわかってるので、
松川さんが多少遅れてくるのは織り込み済みだ。
しかし、普段はそれなりに気配りも出来るこの男は
こんな時に限って無頓着だったりする。
「遅いっスわ~、松川さん。」
「オマエが言えたクチかよ・・・。」
すかさずツッコミを入れる。
「うわ、かみちゃん、ゴメンって。」

同じ中学からY高に進学したオレや金田を含む4人は毎朝同じ時間の電車で通学している。
が、コイツはよく遅れてくる。
始めのうちは電車1本くらいなら待ってやってたけど
最近はもう来ない時は放ったらかしだ。
遅刻寸前で駅から走ってくるのもたまに見掛ける。

「朝っぱらから持久走はやめとけよ。」
駅から学校までは1.5キロ。あの高低差の中を走る。
コイツも結構タフなヤツだ。
「ちゃうねんて。わかってんねんけどさぁ・・・。」
「え~アカンでぇ、金田さぁん。」
小塚さんの金田イジリがまた始まった。
小塚さんはこういう時だけ金田を”さん”付けで呼ぶ。
変顔で応える金田。なんやねんこの茶番劇。

そんな様子を見て、松川さんがくすくすと笑う。


松川まつかわ 千砂登ちさと先輩。小塚さんの親友で同じく2年生。
ペンネームは『紺野玉三郎こんのたまさぶろう』。

どこか異国情緒漂うエキゾチックな小塚さんとは好対照をなす、
おっとりとした雰囲気の丸顔の和風美人。
2人が並んだ時のコントラストはとても趣深い。
書道の有段者で文筆・イラスト・茶道などとにかく
多才、創作部にはうってつけの人材だ。
3年になったら理系に進む予定の才女でもある。
部長の番太ばんたさんがTRPGのリプレイ制作班に
「華が欲しい」と引っ張ってきて以来、ずっと
一緒に卓を囲んでいる、オレの”憧れの人”だ。

梅雨明けの頃、創作部の面々で行った夏祭り。
そこへ浴衣姿で現れた松川さんは、彼女自身が
描いた美しい幽霊の水彩画がそのまま現実世界に
飛び出してきたかのようだった。
そんな彼女にすっかり目も心も奪われてしまった。
オレの高校生活はそこから始まったと言ってもいい。


ひょうちゃん、その辺で。ね、金田”さん”?」
”氷ちゃん”とは小塚さんのPN”氷子”から来たあだ名。
彼女達はお互いを”氷ちゃん””ちーぱん”と呼び合う。なお、創作部には五老峰で老師から絵画を学ぶ
”龍子”さんという副部長もいる。

それにしても、その言葉とは裏腹に今度は自分が
金田をイジる気満々だ。
「もーいいって!はよ行こ。」
「そやなぁ。」
流石に耐えかねたのか、金田が悲鳴を上げたので
時刻表を確認してみる。
次の京都行きの急行は、と・・・。
「もうしばらくこちらでご歓談ください。」
あえてうやうやしく言い放つ。
「ちょっ、かみちゃんって!?」
「知らんがな、ダイヤ決めてんのオレちゃうし。」

コイツ、こんないじられキャラやったかなぁ。


乗り換えで乗客が大勢降りたおかげで、座席が
3人分空いていた。
そこへ先輩方に座ってもらって、オレと金田は
その前に立つ事にした。

「・・・でね、コイツなんて書いたと思います?」
話題はオレ達が中学の頃の歴史のテストの内容に
移っていた。
小塚さんが興味深そうに聞いてくる。
「何?なんて書いたん?」
「金田くん、答えをどうぞ。」
オレのフリに金田が自ら”珍解答”を披露する。
明智あけち 明光あけみつ。」
これぞ金田の真骨頂とでも言うべき、絶妙に
”ズレた”解答に社会の先生は5点中2点だけくれた。
「えー、何それ!おっかし~。」
「ちゃうんやって。わかっててんて。何であんな
こと書いたんかなぁ。」
そんなやり取りを小塚さんと一緒に笑いながら
聞きつつも、松川さんはいつもの手癖でくせっ毛の
毛先を少し気にしている。


松川さんは肩まで伸びるウェーブのかかった
ツヤのある黒髪が特徴的だ。
そんな少しクセのある”猫っ毛”を松川さんはいつも
気にかけていて、手が空いたり集中したりする時は
ブラシを片手にヘアアレンジを始める。
そんな様子を見た小塚さんが駆け寄り、お互いに
ブラッシングし合うのが部室でよく見る光景だった。

小塚さんは見事なストレートヘア。ただこちらも
自分の髪はあまりお気に召していないらしい。
よく見ないとわからない程度なのだか、所々で
茶色味がかった部分があり「”ちーぱん”の髪は
ツヤが違う。だから触りたくなる。」と言うのだ。
松川さんは松川さんで小塚さんの真っ直ぐな髪に
憧れており、くせっ毛に悩んでいる。
どっちもどっちの無い物ねだり。
「どっちもキレイなのになぁ。」というと両方から
睨まれそうな気がしていつも黙ったままでいる。

ポニーテール、編み込み、お下げ髪、シニヨン・・・
その時々の気分で猫の目のように変わっていく
そのヘアスタイルを眺めるのがオレの”日課”。
あんまり普段からぼーっと見ているせいか、
松川さんとは不意に目が合うことが多かった。
そんな時、彼女は決まって笑顔で首を傾げる。
「どうかしたの?」とでも訊ねるかのように。
オレも決まってヒラヒラと手を振る。
「別になんでもないですよ」と伝えるために。

今日の松川さんは両サイドを内側にカールさせた
縦ロール。手間暇かかりそうなスタイリングだ。
案外気合いが入っているのかもしれない。
何に対してかは、よくわからないが。


電車は終点、京都・河原町へと到着。
地下にある駅から階段を上り地上の出口へ。
「うお、寒っ!」
外に出て思わず唸った。

盆地にある洛中は地元よりも気温が低かった。
空は薄曇り。日差しがないせいか余計に寒さを
感じてしまう。
中にもう1枚着てくれば良かったと思ったが、
今さら手遅れだ。少しくらいなら最近ついてきた
この脂肪でどうにかなるだろう。 

目指すは一路、八坂神社。
・・・とは反対方向にある商店街。

Wデートといえば定番の、映画鑑賞へと向かう。


[つづきはこちら]


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