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小雪舞う古都にて④”温もり”:私小説「クラブ活動と私」

映画観賞を終えいよいよ八坂神社に向かう
オレ(上村かみむら 博昭ひろあき)、金田かねだ小塚こづか松川まつかわ両先輩の4人。
アーケード商店街を出ると外は小雪がちらちら・・・。


四条通りに出ると空はどんよりとしていて、
時折小雪が風に乗って舞っていた。
「うぅ~、さっぶぅ~。」
あまり厚着をして来なかったため、この天候は
なかなかオレには堪えた。

「ホワイトクリスマスかぁ。」
松川さんがつぶやく。そう言われればそうだ。
「まだイブやけどなぁ。」
余計なツッコミを入れる金田。無粋なヤツ。
「ちょっと金田さ~ん?こう、ロマンとかないの?」
いらん事言うからまた小塚さんにイジられとる。
ま、小塚さんにとっては金田に絡みに行く絶好の
チャンスをわざわざ自分から与えてくれてるわけで、
それはそれでいいのかも。
「なぁかみちゃん、何とか言うたってや。」
先輩2人に挟まれて金田がオレに助けを求める。
「今のはオマエが悪いやろ。」
「えぇ~マジで?!」

そんないつものドタバタコメディを繰り広げつつ
四条通りを東に、八坂神社へと向かっていく。
その途上、小塚さんの一声でこれまた京都っぽい
古風な様相の甘味処へと立ち寄ることにした。
小塚さん、計画的なのか単なる思いつきなのか
どっちなんだろう。なんだかんだダブルデートな
雰囲気はなぞってるあたり、流石だわ。


4人掛けの席にオレと金田、小塚さんと松川さんが
それぞれ並んで座る。小塚さんの正面は金田。
となるとオレの向かいには・・・少々落ち着かない。
なるべく視線を話の中心にいる小塚さんと金田の
ほうへと向ける。どうにも正対するのは慣れない。

「んー、私、栗ぜんざい。」
「じゃアタシも松川先輩ちーぱんと同じで。」
先輩2人が温かいぜんざいを選ぶ中、
「オレ抹茶ソフトで。」
金田のこのチョイスにオレもうっかり乗ってしまう。
『抹茶』、この魅惑の響きには抗えない。
しかもここは本場京都、期待度大だ。
芳醇なその香りと甘過ぎずほのかな抹茶の苦味と
風味、想像通りの美味しいソフトクリームだった。

結論から言うとこのチョイスは間違いだった。
いや、”怪我の功名”だったのかもしれない。


八坂神社・西楼門(重要文化財)。

ようやく辿り着いた八坂神社。
西楼門を抜け手水舎ちょうずやでお清めを済ませて本殿へ。
用意したお賽銭は45円。
「何で45円なん?」
始終ご縁四十五円がありますように、って婆ちゃんに
習ったんよ。だからいつもこうしてる。」
「へぇ~、10円玉あるかなぁ。」
金田の質問にいつの間にか松川さんが乗ってくる。
じゃらじゃらとお賽銭を投げ入れた。
願うことはといえば、そう、”ご縁”だ。

拝礼も済ませたところでこの後のことを相談する。
このまま円山公園を抜けていけば平安神宮。
そこまで行くかどうか決めようというのだ。
「とりあえず歩いてみよっか。」
小塚さんのこの一言で平安神宮へと向かうことに
決まったのだが。
「・・・寒っ。」
かみちゃん?」
小塚さんが心配そうに覗き込んでくる。


オレは元々色白であまり健康そうには見えない。
それに今日の服装だ。中学の頃から使っている
あちこち傷みのあるダッフルコートの中には
Tシャツと長袖のシャツ1枚だけ。
コートも襟のボタンがなくて首元が開いている。
とかく汗っかきで、冬場でも動いていると
うっすら汗が浮かんでくるくらいなので普段から
薄着にしているのが、その日は完全に裏目に出た。
ただこのシャツにはちょっとした思い入れもある。

ある日通学時に駅の駐輪場で左の袖口を金具に
引っ掛けてしまった。ほつれたままのその袖口を
たまたま部室で見つけた松川さんがその場で
縫って直してくれたのだ。

とはいえ、普段ならコートとシャツの間には
学ランを着ているわけで、それがなければそりゃ
この小雪の舞う中では寒いに決まってる。
せめてセーターの1枚でも着ておくべきだった。
そこにソフトクリームと手水でのお清め。身体の
冷えたオレはおそらく青白い顔をしてたんだろう。


すっかり縮こまって俯き加減のオレの視界に
松川さんが飛び込んでくる。
かみちゃん、寒そうやけど大丈夫?」
至近距離でそう声を掛けられて鼓動が早くなる。
そこへ突如、ふわっとした温かくて柔らかい
感触に包まれた。
「・・・大丈夫?」
もう一度確認するように訊ねながら、松川さんは
さっきまで自分が巻いていたマフラーをオレの
襟元に巻いてくれていた。
「あ・・・え?」
ありがとう、その一言すら出て来なかった。
何が起きているのか、頭が追いついて来ない。

かみちゃん、ほい!」
金田がポケットから使い捨てカイロを投げてきた。
半ばパニックになっている中どうにかキャッチする。
「行こか。歩いてたほうがあったまるやろ。」
金田にそう言われて、首を縦に振る。
寒さとは別の理由で固まってしまったオレを見て
小塚さんが意味ありげに笑ってる。
オレにはちっとも笑い事じゃなかった。

文字通りすぐ手が届く程の距離に居た、ちょっと
心配そうな松川さんの優しげな顔が頭から離れない。
何よりこの首に巻かれたマフラー。
ついさっきまで着けていた”所有者”の温もりやら
シャンプーなのか柔軟剤なのか、ほのかに漂う
甘い香りやらが、絶え間なく思考力を奪い続ける。


円山公園を抜け、知恩院を横目に神宮道を
北上して平安神宮へと向かっていく。
前を行く3人の数歩後ろを着いていくオレに
金田が言う。
「ホンマに大丈夫か?まだ寒い?」
「いや、大丈夫。」
そう、大丈夫。
胸がいっぱいで何も考えられないこと以外は。
寒いどころか、顔だけがやたらとアツい。

このあと平安神宮に行ってそこでもお参りを
したが、途中で見た路面電車と神宮前にある
バカでかい大鳥居のこと以外はあんまり覚えて
いない。唯一はっきり覚えているのは松川さんが
おみくじで中吉を引いたことくらいか。
悔しがってたので誰かが大吉を引いたことだけは
わかるが、誰のおみくじだったのかはさっぱりだ。
その日の運勢だけなら、大吉はオレなんだろうが。

平安神宮・大鳥居(登録有形文化財)。

当日は混雑状況を見ながら、平安神宮にも来ようと
大まかな予定が決まり、寒空の中を駅までゆっくり
戻っていく。いつの間にか小雪は止んでいた。

帰り道でも相変わらず松川さんは目に付いた小物を
あちらこちらとフラフラ見て回っていた。
今回の京都行き、相当楽しみにしていたのかな。
小塚さんはそんな松川さんに時に相槌を打ち、
また時には手を引っ張って軌道修正をしながら
河原町駅を目指して歩いていた。
金田がそんな様子を見て「こういう時、女子は
メンドクサイ」的なことを言ったような気がする。
「デートってそういうモンやろ」とは思ったが、
そもそもこれがダブルデートだと思ってもいない
ヤツにそんな事言ってもしょうがない。

駅につき、帰りの電車を待つ間にマフラーを
たたんで松川さんに返した。
「あの、これ、ありがとうございました。」
真っ直ぐに目が見られない。
かみちゃん、大丈夫そう?」
まだちょっと心配そうに覗き込んでくる松川さん。
いやあの、そうやって見られるほうが大丈夫じゃ
ないんです先輩・・・。
かみちゃん、体温高いね。熱ない?」
マフラーを手にした松川さんが言う。
「あ、大丈夫ですよ・・・。」
マフラーを返しても冷静にモノを考えることが
出来る状況には戻らない。

金田相手に雑談をしながらそんな様子を窺っていた
小塚さんがこっちに近寄ってきた。
松川先輩ちーぱん、今日買ったヤツ見せて~。」
そう言いながら、こちらにちらっと視線を移し、
イタズラっぽく笑う。
話し相手のいなくなった金田もオレのほうに
寄ってきた。
「あ、カイロ返さな。」
「ええよかみちゃん、どうせ使い捨てやし。」
これは小塚さんなりの”助け舟”だったのだろうか。

帰りの電車では2人ずつ離れたところで空いてる
座席に座って帰ることになった。
いろんなことがありすぎて、オレはわりとすぐに
寝てしまった。
金田に起こされたのは最寄り駅の1駅前だった。

「じゃ、次は大晦日やね。」
そういう小塚さんに松川さんが
小塚先輩氷ちゃん、もしかしたら電話するかも。」
「うん、じゃあね。」
そんな事を話しつつ、松川さんは自分が乗り換える
電車へと向かっていった。
小塚さんの乗る車両も駅へと入ってくる。
かみちゃん、次は厚着して来なアカンで。」
「あ、はい、すみません。」
「じゃあね。」 
そう言って小塚さんも電車に乗り込んだ。
「ほな帰ろかかみちゃん。」

こうして『ダブルデートのようなもの』はお開きと
なった。
そして迎える大晦日、二年参りへと向かう当日・・・。


[つづきはこちら]


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