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カウンターレディはプ女子⑮:創作小説と私

日曜日、朝11時過ぎ。
「ごめん、ちょっと遅くなった。すぐ行くね。」
石塚はあずきに電話すると大急ぎで家を出た。
今日は約束のプロレス観戦の日だ。
途中お昼ご飯を挟みながら隣町の体育館まで向かう
予定だったのだが、石塚は思いのほか準備に手間取り
出発がこの時間になっていた。

アパートに着くと駐車場であずきが甲斐人かいとくんを車の
チャイルドシートに乗せているところだった。
「お待たせ、ごめんね。」
甲斐人くんを連れて行くことも考え、移動はあずきの
車を使うことにした。チャイルドシートだけでなく、
ウェットティッシュなど色々と必要な物が予め載せて
あるからだ。
「オレが運転しても大丈夫?」
「いいですけど、どうかしました?」
「あずちゃんは甲斐人くんのこともあるでしょ。」
「すみません。じゃあ、お願いします。」
「スリッパ持ってきた?」
「はい、大丈夫です。」
ドラゴンゲートの地方興行にはスリッパは必需品だ。
「よし。それじゃ行こうか。」


道中でファミレスに立ち寄る。
ちょうどお昼時、店内は家族連れで混雑していた。
「甲斐人くんは何食べる?」
「んー、ハンバーグ!」
甲斐人くんのチョイスはほぼ決まっているらしい。
あずきは「またか」といった顔だ。
「男の子ってそんなもんじゃないかな。」
「・・・石やんもハンバーグなんですか?」
「オレ?”男の子”っていうにはかなり無理があると
思うけど。」
「石やんもハンバーグ!」
「こら、甲斐ちゃん。石塚さんでしょ。」
「石やんは石やんだもんねぇ。」
「うん!」
「ごめんなさい、石やん。」
「いいよ、石やんのほうが呼びやすそうだし。」
石塚がニッコリ笑ってみせる。それを見て甲斐人
くんは嬉しそうに手をバタバタさせた。
「甲斐ちゃん、バタバタしないの。」
「はぁい。」
甲斐人くんはすぐに大人しく座り直した。
「あずちゃんに似て、素直でいい子。」
「石やんが見てるからですよ。」
そういうものなのだろうか。
石塚には子育ての苦労までは皆目見当もつかない。

「普段からこんな風に大人しくしてくれたら、どれ
だけラクなんだか・・・。」
言いながらもあずきは甲斐人くんを見て優しそうに
微笑んでいる。その様子は石塚にはあまり馴染みの
ない、母親そのものだった。
そんなあずきと甲斐人くんを石塚は興味深そうに
眺めていた。
あずきが石塚の視線に気づく。
「どうかしました?」
「お母さんしてるなぁ、と思って。」
「いつでもそうですよ。石やんが知らないだけで。」
「だから今見てる。興味あるから。」
「・・・石やん?」
「石やん?」
あずきに合わせて甲斐人くんも石塚に呼び掛ける。
あずきには石塚の意図はよくわからなかった。

大山に言われてから、石塚は考えていた。
自分はどうしたいのか。
石塚はあずきのことをもっとよく知りたいと思う
ようになっていた。
カウンター越しに見るだけではない。
普段のあずちゃんはどんな人なんだろう。
甲斐人くんとはどう接しているんだろう。
今日はそれを知るにはいい機会だ。

石塚がミックスグリルを食べていると、甲斐人くんが
こちらに見ているのに気がついた。
視線の先にあるのはどうやらソーセージのようだ。
石塚はソーセージを半分に切ると、甲斐人くんの
ハンバーグの鉄板の上に載せた。
「甲斐人くん、これあげる。」
「ありがと~。」
甲斐人くんがまた手をブンブンさせている。
「石やんってホント、親バカになりそうですよね。」
「だからこの前そう言ったでしょ。」
あずきがそのソーセージをハンバーグと同じように、
甲斐人くんが食べやすいように細かく切っていく。

「おいしい!」
ソーセージを口に放り込んだ甲斐人くんがそう言うと
石塚はまるで自分のことのように嬉しくなった。
ずっと顔が緩んだままになっている。
「石やん、そんなに子供好きなんだ。」
「ん?」
チキンステーキを頬張りながら石塚が聞き返す。
「さっきからニヤけっぱなし。」
あずきが半ば呆れたように笑った。
「・・・悪い?」
「ううん。」
「僕も石やん好き~。」
「そっかぁ、ありがと甲斐人くん。」
石塚の目尻が垂れ下がったまま戻らなくなっている。

「あずちゃん、オレに甲斐人くん頂戴。」
「甲斐ちゃんはママと石やん、どっちが好き?」
「うーんと・・・ママ~。」
「甲斐ちゃ~ん。」
あずきが甲斐人くんを抱きしめると、石塚はほっぺを
膨らませ口を尖らせた。
「んふふふふ。」
そんな石塚を見てあずきが笑い出すと、石塚もそれに
つられて笑い始めた。

こんな時間がずっと続けばいいのに。
そう思った人間が、この場に二人。
お互いその思いにはまだはっきりとは気づかない
ままだ。


会場の体育館に着くと入口前の当日券売り場には
数人が並んでいた。
「チケット買ってくるからそこら辺で待ってて。」
「甲斐ちゃん、あっちのブランコ行こうか。」
チケット売り場に向かう石塚をあずきが目で追う。
以前マッサージをした時に感じた大きな背中・・・。
「ママ?」
「あ、ごめん、ブランコしようね。」
あずきは甲斐人くんを連れて体育館の脇にある
遊具へと歩いていった。

「当日だけど割といい席取れたよ。」
そう言いながら戻ってきた石塚はシャツのボタンを
外し、中のTシャツが露わになっていた。
「石やん、そのTシャツって・・・。」
そこにプリントされていたのは、これまで闘龍門~
ドラゴンゲートで活動してきた歴代ユニットのロゴ
マークだった。

※著者の自宅にもこのTシャツの色違いの物があります。

「今の新日だとCHAOSとかL.I.Jなんかがユニットとして活動してるでしょ。ああいうユニット抗争を
日本のマットに本格的に持ち込んだのがドラゲーの
前身の闘龍門なのよ。」
「へぇ~、すごい。」
「このTシャツ、衣装ケースから探すのに手間取って
朝ちょっと遅くなったっちゃったんだよね。」
「間に合ったし、いい席も取れたなら良かったじゃ
ないですか。」
席は正面の前から3列目。前2列は前売りと招待客で
埋まっているようだったが、それでも悪くはない。
軽量級の選手の空中戦が見もののドラゲー。
正面席なら場外へ華麗に飛んでくる様を間近で観る
ことが出来るベストなポジションだ。

「石やん、カッコイイ!」
そのTシャツを見た甲斐人くんが言った。
「あとで甲斐人くんにも何か買ってあげるね。」
「うん!」
「そんな、悪いですよ石やん。」
「まぁまぁ、記念にね。甲斐人くん、まだ時間ある
からもうちょっと遊ぼっか。」
甲斐人くんに手を引かれてすべり台へと走っていく
石塚は心の底から楽しんでいるように見えた。
(どっちが子供なんだか・・・。)
そんな石塚をあずきは目を細めて見ていた。
「ママ~!」
甲斐人くんがあずきに手を振る。
「はーい。」
あずきはゆっくりと駆け寄っていった。

「ほら、甲斐人くん。ママも一緒に遊ぼって。」
石塚は甲斐人くんと目線の高さを合わせ、駆け寄る
あずきを指差しながら言う。
甲斐人くんはあずきを、そして石塚を指差しながら
こう言った。
「ママと・・・パパ?」
「甲斐ちゃん?」
石塚とあずきが思わず顔を見合わせる。
二人ともその瞬間だけ、笑顔が消えて真顔になった。
石塚はすぐにまた甲斐人くんに笑顔を向ける。
「じゃあ、今日だけパパになってあげる。」
「うん!」
甲斐人くんが手を広げて石塚の元に来る。
「よいしょ、っと。」
石塚は甲斐人くんを一度反対側へと向け、そのまま
抱えあげて肩車した。
「ちゃんと掴まっててね。」
「ちょっと、石やん?!」
「今日だけパパらしいよ。」
「うん、パパ!」
そんな二人の様子にあずきは思わず涙が溢れそうに
なった。あずきのその表情を見た石塚が言う。
「あずちゃん、そろそろ開場だし先に行ってるね。」
石塚は甲斐人くんを肩車したまま体育館へ歩き出す。
「ママは?」
「ママね、おトイレだって。」

あずきはその場に立ちすくんだまま、歩いていく
石塚の大きな背中をじっと見つめていた。
その瞳から、涙がひと筋こぼれ落ちた。

《つづく》


《まとめ読み》


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