小説『ツバキカンサクラ』

「来年も桜見たいね」
夜の静寂の中月明かりに照らされ桜に負けないぐらいの満開の笑顔で笑う君を見る。きっと今の僕の顔は気持ち悪いぐらいひどく優しい顔をしているだろう。でも、と君が言う。
『桜見れない未来もいいね』
僕はびっくりして何も言えなかった。すると彼女は天使のような儚くて美しく可愛らしい顔から
小悪魔のような悪戯な笑みに変わって
『椿人が売れすぎて外出られない未来!!』
僕はそれに安心した。ああこの時間が一生続けば良いのに━━━━━━━━━━━━━━━。

「っっ、、はぁ、はぁ、、」
そんな幸せも束の間。目が覚めてしまった。
「なんだよ、夢か…はぁ、着替えよ。」
これがもし映画やドラマの類なら僕は今頃仕事先に休みの連絡を入れ上司の連絡を待たずに彼女のもとへ走っているのだろう。当たり前だがそんな事は出来ない。俺は【乾 椿人(いぬい つばと)】。売れない芸人だ。もうルーティン化した昼頃に起き適当な服に着替え劇場に向かい、ライブに出て同期と喋ってバイトに行って帰ってくる。そりゃ売れたいが今の生活もぶっちゃけ嫌いではない。金はないけど楽しいがある。金はないけど青春がある。毎朝早く起きてスーツに着替え上や取引先にペコペコして月数十万円貰うよりまだマシだ。金も無いのでチャリで劇場に向かう。そういえば今日はやけに幸せな夢を見たな。彼女との日々が嫌と言うほど思い出される。
彼女の名前は【中村 美桜(なかむら みお)】。僕と同い年の女の子で僕の彼女だった人。もう美桜はこの世には居ない。病気により先に命を絶ってしまった。しかしそれに愕然としたのは僕だけだった。彼女にも僕にも親は居ない。2人が出会った時にはお互いの両親が他界してしまっていた。兄弟や従兄弟、祖父母も居ない。そんな2人がやっと出逢えたというのに君は名前の桜のように散ってしまった。僕も椿が落ちる時のように愕然とした事を昨日のように覚えている。ああ、もう劇場に着いてしまった。
今日もこれから退屈な1日が始まる━━━━━━。

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