009 パブの食事がお薦め


ダートムアにあるパブ「Warren House」

 私が最初にロンドンに住みだした1970年には外食産業はあまり発達していなかった。レストランはあることはあったが、大体がインド料理か中国料理で、インド料理は水っぽいカレー、チャイニーズはチョップ・スイと相場が決まっていた。フィッシュ&チップスの店もあったが、もっぱらテーク・アウエー専門だった。パブはもちろんあちこちにあったが、食事を出すパブはほとんどなかった。高級レストランもあることはあったが、値段も馬鹿高く、格式ばっており、ちょっと立ち寄るという雰囲気ではなかった。
 私は東京で生まれ育ったので、ロンドンのレストランの少ないこと、クオリティーの低さに最初は驚かされた。しかし、徐々に英国の生活に慣れるにつけ、ロンドンの外食事情が見えてきた。英国人は根本的に外食をしないのである。知り合いになったイギリス人のお母さんは生まれてから一度もレストランに入ったことがないと言った。もちろん全部ではないが、労働者も会社員も仕事が終わると、ほとんどの人が仕事場の近くのパブで同僚たちと一杯ひっかけて家に帰って食事をするそうである。そして、食事が終わってから改めて夫婦そろってローカルのパブに出かけるのが通常なのだそうだ。
 これではパブは流行るが、レストランは発達するわけがない。一方、上流階級の人や大会社の役員たちはジェントルマンズ・クラブや、各種のクラブに入っており、そこで食事や接待、社交をしたりしていたが、貧乏学生だった身には縁遠い存在だった。当時はマクドナルドやKFCといったアメリカ系の大衆レストランもなく、独身の学生には非常に住みづらい都会であった。イギリス料理はまずいという評判が立ったのは、当時或いはそれ以前にロンドンへ留学した日本人学生や企業の派遣員が、日本へ戻って宣伝したからだと思える。
 

繁盛するロンドンの中華街 70年代には数軒しかなかった

しかし、英国の外食事情も英国がEUに加盟した1973年以来徐々に変わってきた。イギリス人が自由に欧州各国へ旅行することが出来るようになり、フランスやイタリアを訪ねた人が、たくさんのレストランが競争しながらおいしい料理を提供し、土地の人たちが外食を楽しんでいるのを目のあたりにし、帰国後、何故イギリスでは同じことが出来ないのだろうと考えるようになり、それに連れてレストランへの需要が高まってきた。
 現在のイギリスの外食産業を見ると、私が来た頃とは隔世の感がある。ロンドンなどの都会には世界中のレストランが軒を並べ、どのレストランも大変流行っている。統計によると英国のレストラン産業は18億ポンド(約3.4兆円)のマーケットだそうである。ロンドンには日本食のレストランが500軒ぐらいあり、高級日本料理からラーメン屋まであるが、それなりにイギリス人のお客を集めている。
 

エクセターにある日本食レストラン

一方、デボンの私の住んでいる近所には日本レストランはない。エクスター、プリマスといった大きな街に行けば、各国の料理を出すレストランが並んでいるし、中国人やイギリス人がやっている日本料理の店もあるが、あまり入りたいとは思わない。デボンの楽しみはパブでの食事である。各村にあるパブはほとんどがおいしい食事を出す。パブがレストランの代わりをしているのである。田舎のパブはロンドに比べて広いので、レストランのスペースも大きい。その上夏にはガーデンを使うので、家族連れや犬連れのお客で満員となる。
 

North Boveyにあるパブ「The Ring of Bells」


Noss Mayoのパブ「Ship Inn」

デボンのパブも昔は食事を出す店は少なかったそうであるが、今ではほとんどのパブがレストランを兼ねている。よく一緒にパブへ食事に行く友人のデイビッドさんによると、パブの食事は英国全体のグルメ志向に合わせて、食事を出すパブが多くなり、質も飛躍的に向上したそうである。各村にあるパブを全部試したわけではないが、先ずデボンへ来たらパブの食事をお勧めしたい。(以下続く)


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