加藤節雄のデボン通信


右側がパティオ

002.ハウス・ハンティング

 私はデボンに住む条件の一つとして、ロンドンの家も残し、必要な時には帰れるようにした。何しろ50年住んだ町である。仕事がらみの人や友達、日本人コミュニティー等、一挙に切り捨てるわけにはいかない。定期的な仕事からは引退したものの、まだ友人がたくさんいるし、そんな簡単に「ハイ、サヨウナラ!」とはいかない。
 しかも、田舎の生活は初めてである。そこには何が待っているのか、何をしなければならないのか、何をしてはいけなのか、友達が出来るのか、人種差別はないのか、皆目見当がつかない。

 ここはイギリス人のワイフが頼りである。ところが、彼女はというと、
 「私ももう50年以上も田舎に住んでいないので、あまり頼りにしないで欲しい」
と、どうもあまり頼りになりそうもない。

 デボンにはもともと陶芸家のイギリス人の友人がいた。ペニー・シンプソンさんである。ダートムア国立公園の中のモアトンハムステッド(Moretonhampstead)に住んでおり、デボン各地へ行くのに便利な場所だ。彼女が部屋を提供してくれ、我々はそこをベースにハウス・ハンティングを始めた。

 デボン各地の物件を50軒以上見ただろうか、スタジオに適しているか、陶芸の窯を置く場所があるかどうか等、主にワイフの仕事の便利さを中心に探した。私の場合にはコンピューターを置く机が一つあれば済むので、家の構図はそれほど問題ではなかったが、ロンドンへの交通の便を考えて、トトネス(Totnes)近辺が良いのではないかと希望した。しかし、残念ながら売りに出ている物件はどの家もスタジオには向かず、また庭が狭く窯を置く場所は難しそうである。しかも、家の値段が高く、我々の手に負えそうもない。藁ぶき屋根の家も何軒か見たが、見栄えはよいのだが、屋根の葺き替えやメンテナンスが大変そうで諦めた。

 最終的にペニーさんの近くの家が売りに出て、そこを見に行った時に、我々2人とも「アッ、これだ!」と、思った。家はマナーハウス(荘園主)のために300年前に建てられた巨大な石造りの長い納屋を5軒の家に分け、それを30年前に空っぽのまま売りに出し、買主がそれぞれにインテリアを考えて住宅に改造したものである。


木をふんだんに使った山小屋風

我々の家の前のオーナーは、家の半分を吹き抜けにして大きなダイニング・キッチンとし、別の半分を2階に分け、下はラウンジとバスルーム、2階は寝室2つと洗面所、物置部屋としている。その他、1階の前面に突き出したところは、半分が玄関先のパティオ(ガラスの屋根付きテラス)、あと半分は部屋になっており、彼女のスタジオにぴったりだった。

 不動産屋さんに案内された時、最初ちょっと戸惑った。案内には大きな庭が付いていると書いてあるのに、家に行って見ると庭はない。騙されたかと思ったが、我々の疑問を察した不動産屋のクライブさんは、「それでは、庭を見に行きましょう!」と我々を誘って、隣家の横を通り抜けて、なだらかな坂を30メートぐらい下がったところへ案内してくれた。そこには、ちょっとした空間があり、「ここからあそこまでがお宅の庭、こちらは隣家の庭です。この空き地はお宅の駐車場です」と説明してくれた。
 見ると、芝生に覆われた幅60メートル、奥行き40メートルぐらいの庭の先には小川が流れ、大木が川に沿って立ち並んでいる。その上、石造りの大きな平屋の小屋が一つと木造の物置小屋が2つも付いている。石造りの小屋は陶芸の窯を置くにはもってこいだ。
クライブさんは「デボンではよく家と庭が離れていることがあるんですよ」と説明してくれた。


芝刈りが大変な仕事


 この庭の大きさにも我々は惹かれて、デボンでの生活が始まった。
(以下続く)


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