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大好きからつながる今

大好きで仕方がなかった。

親以上に年の離れた既婚者の事を、何でこんなに好きになったのだろう。
自分でも不思議な位、大好きだった。

先生には、高校2年生の時に古典を教わった。
私と先生の接点は、それだけ。
担任でも顧問でもなく、たったそれだけ。

先生の事を好きと思い始めたのは、いつだったか覚えていない。
授業を受けるなかで、話し方、雑談の内容、声や字、そんないくつもの要素に惹かれていくようになったのだと思う。
恋、と呼ぶには無理があり、当然周りの人に話せるようなものではなく、学生時代にはよくある憧れをこじらせたようなものだったのかもしれない。

高校3年生になり、先生に教わる授業が無くなり、接点は全く無くなった。
17歳だった私は、自分の気持ちを抑えられず、完全に一方的に先生に話しかけに行ったり、受験生らしく勉強を聞きに行ったりした。

先生はとても穏やかで優しく、決して怒らなかった。
本当は相当迷惑だっただろうが、何一つ文句を言わず、私に構ってくれた。
それは飽くまで仕事の範疇として。
それ以上の事は決してないとわかっていながらも、先生への思いを止めることはできなかった。

冬を迎える頃には、先生に話しに行くのが日課になっており、仕方なしではありながらも相手をしてもらえる間柄になっていた。

受験シーズンとなり、進路を決める際に担任と揉め、親と揉め、それまでの人生の中で一番悩んだ。
いや、あの頃の倍以上生きた今となっても、一番悩んだ日々だった。

先生にも、逐一状況を話していた。
何度も言うが、担任でも何でもない先生にとって、私のあれこれは全く関係のないことだ。
それでも、先生は私の話を聞いてくれた。
いくつかある選択肢で悩んでいるときに
「後になって人にやらされた、って思うのではなく、自分で選んだって思えるように」
と言われた。

よく考えれば当たり前の事だが、言葉に出して言われたのは初めてで、18歳の小娘が受けた衝撃は大きかった。

結果的に上手く行かなかったとき、人のせいにするのはすごく楽だ。
まだ未成年だった私には、甘えもあった。
先が見えない事を自分で決めるのは勇気のいることで、いっそ誰かが決めてくれればと思った瞬間もあった。
今思えば、この一言から、私は自分の足で人生を歩み始めたのだと思う。

親や担任の言葉ではなく、大好きな先生の言葉に導かれて、私は受験校を決めた。
自分で決めた結果を報告して初めて
「他の学校にするのはよくないと思っていた」
と、具体的な理由も含めて先生の見解を聞かせてくれた。
決して決断を丸投げするのではなく、私の迷う気持ちを聞いてくれた上で、きちんと自分で選び抜くことを見守ってくれていた。

とはいえ、視野の狭い18歳が悩みに悩んでどのように受験校を選択をしたのかというと、
「先生がいる場所から一番近い」
という、全くもって不純な動機から。
もちろん親や担任や先生本人にも、こんなことは絶対言えなかったけれど、想像のつかない新生活よりも、大好きな人のなるべく近くにいたい、という気持ちを最優先させた。
この選択も、先生への思い無くしては有り得ないものだった。

受験した結果、志願倍率が高かったにも関わらず、私は合格した。
先生がいる場所から一番近い、といっても進学した先は県外で、長期休みにしか地元には帰れないような距離の場所だった。

大好きな先生に、進学後も長期休みの度に会いに行った。
先生は相変わらず優しくて、既に卒業した私の我儘につきあってくれた。
先生と話すのがうれしくて、楽しくて。
それは高校生の頃から何も変わっていなかったし、会えない時間にもずっと会いたいと思い、相変わらず先生の事が大好きで仕方がなかった。

進学して3年目。
春に先生に会いに行った。
その夏、帰省したのに私は初めて先生に会いに行かなかった。
そして、冬に先生は亡くなった。

今までたくさんの選択をしてきて、失敗もたくさんあったけれど、このたった一度会いに行かなかったという選択が、私の最大の後悔。
何度考えても後悔しかないけれど、この選択もまた、他の選択と同じく、今の私を形づくっているひとつ。
大袈裟すぎるかもしれないが、もし、あの夏に会いに行っていたら、今とは全く違う人生になっていたと思うほど、私にとって先生の存在は大きかった。

それから先もいろいろなことがあったが、結果として、私は今現在も高校卒業後に進学した地に住んでいる。
あの日の先生の言葉に影響を受けて、その先の人生もたくさんの選択を自分で選び抜いてきた。
他人に相談することはあっても、最後は自分で選び抜く、ということを信念にしてきた。
その選択のどれもが、最良の選択だったかはわからない。
もしかしたら、選ばなかったあちら側には、もっと素敵な人生が待っていたのかもしれない。

でも、今までの数々の選択の結果、私の今がある。
大好きな先生の言葉に導かれて、今がある。

#あの選択をしたから


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