「光る君へ」のための平安準備情報⑦


前回より平安なんでもないことシリーズを書いております。

平安時代の名前の読み方

「今と価値観が違っていておもしろいこと」を知りたい、と言ってくださった方がいたので、何かなあと考え、今日は「名前」について書いてみたいと思います。

「光る君へ」の紫式部は「まひろ」という名前のようです。

これ、もちろん「架空」の名前です。
もちろん、とはどういうことか…。

基本平安時代の女性の名前は、歴史資料に出てくるような公人(帝の后妃、藤原氏のトップクラスの人々の妻など)以外の名前は一切わかりません。
そもそも、特に女性の名前はどうやら夫や親族などごく親しい人しか知らない、知らせないものだったようです。
ですから、公人でない限り、同時代で生きていても女性の名前は知らなかったと思われます。藤原公任は清少納言や紫式部とやりとりしたことがある、あるいは直接会話したことがあっても、名前は知らなかった、ということです。

公人たる人々の名前、たとえば紫式部が仕えた一条天皇の后「彰子」。現代ですと「あきこ」さんと読むかと思いますが、慣例的に「しょうし」と音読みで読んでいます。清少納言が仕えた「定子」は「ていし」、藤原道長の正妻「倫子」は「りんし」です。
なぜか。もちろん彼女たちは「~こ」さんだったと思われるのですが、では「明子」「高子」と書かれたらなんと読むでしょうか。
現代ですと、「あきこ」さん、「たかこ」さんではないかと思いますが、これで「あきらけいこ」(文徳天皇の妃)、「たかいこ」(清和天皇の妃)と読んだようなのです。

現代人には無理すぎる…

ということで、正確になんと読んだかわからない人は音読みにする、ということがなされています。
(もっと興味がある方はぜひこの記事をお読みください)

「光る君へ」は紫式部を「まひろ」、名前がわかっている倫子についても「ともこ」と読ませるようです。このあたりも実はとてもオリジナル。興味深いところです。

名前を明かさないということ―言霊信仰とのかかわり―

男性であっても、名前は非常に特別なものだったようで、特に『源氏物語』は高貴な男性は一切名前を明かさないというスタイルが貫かれています。
従者レベルは「惟光」(これみつ)、「良清」(よしきよ)とはっきり名前が書かれていることとは対照的です。
ただし従者レベルといっても、彼らはのちに国司(県知事のような役職)になっており、紫式部の父や夫も国司階級であったことを考えると非常にシビアな表現になっています。
『源氏物語』を見ると、親子でも役職で呼んでいます。たとえば光源氏は息子夕霧(これも愛称であり、本来は源○○さんです)にたいして、「中将」のような形で役職で呼びかけています。

私の大好きな作品で、第5回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した、安倍晴明を主人公とした漫画、『陰陽師』のなかで、岡野玲子先生は、名前は「呪(しゅ)」であり、その人を呪縛するもの、だからこそ安易に人に教えてはならない、というエピソードを描かれています。
確かに現代においても、名前をつけるときは響き、漢字ともに、なんらかの祈り(とはすなわち「呪」)をこめてつけることが多いと思います。

日本ではいまだに受験生にむかって「すべる」「落ちる」を言いません。
受験シーズンになると、受かる等を込めた名称のお菓子やグッズがたくさん発売されます。
なぜか。
「言霊(ことだま)信仰」がいまだに根付いているからです。
「言霊信仰」とは、言葉には力があり、言葉にしたことはそのとおりになる、という考え方です。
「縁起悪いこと言わないで」ということを言ったことがある方も多いと思いますが、それも言葉には力があり、縁起が悪いことを言うとそれが本当になってしまうから避けよう、という心理があるから出てくる言葉です。

それを考えると、名前という、その人と密接に結びついた「言葉」を安易に口にしない、教えない、ということにもやっぱり意味があったのかなと思います。そしてそれを「呪」という形で的確に物語化された岡野玲子先生の偉大さを思います。

自分と添う相手にだけ名前を教える…
なかなかのエモさを感じます。

おんな城主直虎

私の大好きな大河ドラマである「おんな城主直虎」のなかで、柳楽優弥さんが演じる龍雲丸が、柴咲コウさん演じる直虎に「名前を聞く」という場面があります。
この場面は「槍ドン」が視聴者の死屍累々を築いた(直虎は本当に大傑作なのでぜひご覧になってほしいです。しかし壮大なネタバレなのでこれくらいにしておきます)あと、直虎の過去や今の思いをすべて受け入れた龍雲丸によるプロポーズです。そして、直虎は「殿としての直虎」ではなく、個人としての「おとわ」という名前を教えます。これは大河ドラマのなかでは細かいことは一切語られませんが、プロポーズの受諾になります。

名前を聞く、教える。

これがとてもロマンチックで、切実なふたりの愛の問答であることを知っていてこの場面を見ると、うわぁぁぁぁとなる場面です。
平安豆知識はこんなところにもちょっぴり役だったりもするのでした。

「光る君へ」はなぜ紫式部を「まひろ」としたのでしょうか。
きっとそのあたりも明かされると思いますので楽しみに待ちたいと思います。






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