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チャプターエンド

チャプターエンド


 ――真っ白な空間にその人はいた。

 上か下か、天井か地面かも定かでは無い空間にその人は横たわっており、まるで目醒めを待つ神の如く祈る様子で眠っている。



 ーー俺は、目を覚ました。


 俺?


 そう思い、ゆっくりと上半身を起こす。

 首の付け根から両サイドに伸びる腕を動かし手の平を自身の目で見て確かめる。


「ああそうか。お前はこの姿がいいんだな」

 彼はそう呟いて静かに笑みを浮かべ立ち上がった。


「少し、違和感はあるな」

 自身の手足を動かしつつ、自分が【人】である事を認識すると、

「ふむ…。流石にこのままではまずいか…」

 小さく呟いて股に鎮座する一物(いちもつ)に目をやると右腕を軽く掲げて指を打ち鳴らす。

 その瞬間、全裸だった彼の身体に【衣服】が纏わり付いた。否、服を着させたの方が正しいだろう。



「…名前はーーどうする?」

 彼は【自身】に問いた。


「…そうか。『シン』がいいか」

 薄い笑みを浮かべ納得した様に頷く彼はシンと名乗る。


「さて。どうしたもんか…」

 シンは真っ白に輝く虚空を見上げ小さく呟く。自身が【産み出した】空間は非常に心地良い。


 暫しその心地良さを堪能するべく足を一本前に踏み出した。するとシンの身体は、人が歩く様に交互に足を踏み出していく。


「成程。『奴等』の玩具だな、これは」

 何とも可笑しそうに笑いつつシンは当ても無く歩みを進める。





『…何故、お前がその姿を成している?』

 突如、空間に【声】が響いた。


「…気付いたか」
 立ち止まり不敵な笑みを見せるシン。少し上を向き虚空を眺めて、
「まあ『気紛れ』だろうな」
 厭らしく微笑んだ。


「貴様等の『真似事』でもして見せようか」

『…何?』

 響く【声】に若干の焦りが入り混じる。


「悪い事をする玩具(おもちゃ)にはお仕置きが必要だろう?」

 愉快そうに笑うシン。


『……』

【声】は敢えて何も言わずにいる。


「貴様等が丁重に扱う玩具は何やら意思があるらしいな?」

『……』

 シンが虚空を見上げ呟くが【声】は答えない。


「意思があり自念(じねん)もあり、終始転生を繰り返す玩具ーーさぞかし遊び甲斐がありそうだ」


『…この仔を連れて参れ』

【声】がそう静かに言葉を紡ぐと、シンの前に一人の女性が現れた。


「…神門穢流(みかどえる)と申します」

 そう名乗った女性は丁寧に会釈をする。


「…邪魔だな」

 シンは神門穢流を一瞥すると吐き捨てる様に呟いた。


「……ッ」

 その瞬間、穢流の表情が苦痛に曇る。

 彼女は掌(てのひら)を確認するべく眼前に持ってくる。上に伸びた美しい指先が薄く透けている。あらゆる指の頂点は霧の様に綻び霧散していく。


「…あ…ああぁぁぁ……ッ」

 悲痛な声が穢流の体内から発せられる。

「…あッ、あ、ああぁぁぁ……ッ」

 透き通るような美声は哀しい悲鳴に変わる。

 穢流の全身が薄く半透明になり、ありとあらゆる所から綻び最期には両足首だけが残った。それも次第に儚く消え去り、神門穢流(みかどえる)と名乗った女性の姿は無くなった。


『お前…ッ、どう言うつもりだッ?!』

 明らかに狼狽する【声】の主。

「それは俺が問いたい」
 シンは虚空を睨みつけた。
「…そうだろう? 万物総べる全知全能の主人とやら」
 軽い口調ではあるが、怒りを含んだ声色であった。

「ーーいや、大神(おおかみ)ゼウスと呼べばいいか?」

『……』

 シンの問いに【ゼウス】は答えない。


「話にならんな」

 シンはつまらなそうに舌打ちをする。


『…条件がある』

 苦渋した様に呟くゼウス。


「何だ?」

『…お前のやり方は問わない。本当に悪しき者だけ消して良い。その代わりこの仔を使ってくれ……』

 疲弊したゼウスと共に、再び姿を現す神門穢流(みかどえる)。


「神門穢流と申します」

 シンの前に立つと恭しくお辞儀をする穢流。

「ふん…」
 シンは穢流を一目見て嫌悪な表情を見せた。
「『やり方は問わない』割には、この女を監視役にするんだな」

『どうとでも言うが良い』

 投げやりな声色で言い放つゼウス。


「まあいい。俺は俺の好きにさせて貰う」

 吐き捨てると同時にシンは、その空間から霧散するように姿を消した。


 ――残されたのは、神門穢流(みかどえる)と名乗った女性の姿を成した【大天使ミカエル】だけだった。


「…御父様……」

 虚空を仰ぎミカエルは哀しげに呟く。

『ーー良いな? 愛する我が仔よ。あの者から目を離すで無いぞ?』

「はい。心得ております、御父様」

 ミカエルは誇らしげに微笑を浮かべ恭しくお辞儀をし、彼女もまた淡い光を残し粒子の如くその場を後にした。



『…何故、【アレ】がこの世に放たれたのだ? 何とも厄介な揉め事が起きなければ良いがーー』


 真っ白な空間に、大神ゼウスの忌々しい呟きだけが木霊していた。











「…漸く来たか」

 ある雑居ビルの一室にシンは居た。

 背後に現れた神門穢流(みかどえる)の気配に気付くと厭らしい笑みを浮かべる。


「ここは?」

 穢流は殺風景な作りの事務所を一目し億劫そうに呟いた。

「まあ『形だけ』の事務所って感じか」

 あてがわれていたソファにドッカリと腰を降ろすシン。それに伴って穢流もシンの隣に座る。

「…貴様等の【良い玩具】だけはくれてやる。その代償に【悪い玩具】は俺に寄越せ」

「…それでいいわ」

 シンに一方的に言われた穢流は、満面の笑みでそう答えたのだった。





*****
チャプターエンドあとがき

最後の最後まで腑に落ちない終わり方となりましたが、一応これで完結です。




*****
おわりに


 ここまでご拝読くださりありがとうございます。

 こちらを早々に完結に持ってきたのは、この物語の主人公が突発的なものであるからです。何も無く産まれたキャラクターほど、扱いにくいものはないです。故に無限の可能性も秘めているのも確かです。

 私の中でシンは唯一安定しないキャラクターですので、早く終わらせたかったのが一番の理由です。

 またシンが何者なのか、穢流との関係性や依頼者たちの【復讐に至るまでの経緯】と言うのもここでは明らかにされておらず(意図的にそうしています)、そういった諸々の所は、次作【復讐代行・真】の方で明らかになっていくと思います。

 シンについては本当にポッと出てきたキャラクターなので、彼をもう少し深みあるキャラクターにしたいので、彼が主人公の作品をもう少しだけ見守っていただけると幸いです。


 最後に、この復讐代行では【ある仕掛け】があります。それが何なのかはここでは伏せておきます。

 
 くだらない戯言で締めくくります事をご了承ください。
 では次回作でお会いしましょう。

 令和5年(2023)10月31日(火)
 伊上申

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