始動4話

始動4話


 男は疑うような視線で差し出されたカードを一目見て、忽ち顔を引きつらせた。

「……し、失礼致しました! まさか、大尉殿とは存ぜず…ッ」

 男に敬礼されて慌てたのはリースの方だった。

「い、いえいえ…気になさらないで下さい。…あの、状況とかは分かりますか?」


「…は! 一キロ先の森林公園付近にてクリーチャーが出たと市民通報があり、SDが出動したそうですが……」

 警備隊の男は、途中で歯切れ悪くなり言葉を切る。

「……その~……」

(…何だ? 何か悪い事が……?)

 リースはそう思いつつも敢えて男の言葉を待ったが、男はリースの顔と森林公園の方を交互に見やるばかり。


「…どう、しましたか?」

「いえ…出動したそうですが、それっきりなんです……」

「それっきり?」

 その言葉にリースは訝しがり、おうむ返しとなる。

「はい…。二時間ほど前からです。規制も、解除されません…」

「…二時間……」



(…遅かった……? もっと早く来るべきだったか…)

 腰に手を当て俯きがちにリースはそう考えていた。最悪の事態になっていなければいい――そんな事しか頭に浮かばない。


「……規制は、当分解除されませんね…」

 リースの思いを察したのか、警備隊の男は小さく呟いた。


「…そう、ですね。自分は、現場に向かいます。あなたは…」

「マルクスです。マルクス・ワトソン、所属はミッド連合警察警備隊員であります」


「では、マルクス警備隊員は現状維持のままで。それから、あなたのIDカードをお願い出来ますか?」

 言いつつリースは小型の電子手帳のようなものを取り出す。マルクスのMPIDカードを受け取り、それを電子手帳(携帯通信機)CCO(シーシーオー)に差し込む。



「…あの、一体……?」

「はい。カードありがとうございました。今より、待遇は良くなりますよ」

 何やら、一連の作業をしていたリースを見て怪訝な顔をしていたマルクスに、リースは笑顔でカードを返した。



「……は? あの……」
「ーーでは、自分は失礼します」

 何かを言いたそうなマルクスに、リースは軍敬礼をする。

「…は! あ…ご苦労様です…!」

 マルクスも倣って軍敬礼を返す。若き大尉の背中を見守っていると、去り際に大尉は言葉を残した。

「そうそう。マルクス殿は、明日からミッド連合第一・第二支部勤務宜しくお願いします」

 金髪の若き大尉は、後ろ手に手を振り去った。

「は、了解致しまし……えっ?!」

 下げていた頭を上げるマルクス。だが、既に大尉の姿はなかった。

「まさか…っ、そんな……!」

 マルクスは、慌てて自分のCCOで確認をする。

 色々調べた結果──あの大尉が言う通り、自分の所属先は警察警備隊から『ミッド連合第一・第二支部移動警備隊』になっていた。



「…そんな……何故、私のような……」

 奇跡でも起きたかのような表情でマルクスは呟いた。CCOを持つ手が微かに震えている。

 ――震えもする筈だ。彼は、ミッド連合軍の大尉の推薦により、警察警備隊からミッド連合の軍事に関わる所へ配属されたのだ。移動警備隊とは、SD隊員が移動する際に軍事車で目的地まで彼らを乗せ、現場警備にあたること。奇跡的に近い大抜擢である。しかし――


「何故、大尉殿は私を…?」

 推薦された意図が分からない。それでも確かに自分は移動警備隊なのだ。


「これがあの引き抜きか……?」

 CCOを手に、彼は奇跡的抜擢に暫し呆然としていた――

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