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医療トラウマ<黒いインク②>

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真っ暗な宇宙空間にて、

私はもう一人の自分と一緒だった。


怖かった、その気持ちを二人で共有しあいながら。

わんわん、大粒の涙を流しながら泣いていた。


・・・雨が、降ってきた。

あれ?ここは・・・・


気づいたら、緑豊かな芝生の上に

仰向けになっていた。


ピンク色のワンピースを着ている私は、

もう一人の私と手を繋いでいた。


二人で、仰向けになって、

芝生に寝転がっていた。


小雨が、気持ちいい。


涙を流してくれる気がした。


怖かったね、と共感してくれる気がした。


ーーーー


しばらくして、雨が止んだ。


右手の方から、うさぎが近づいてくる。

ピョンピョン跳ねて、

私の元に来た。


穏やかな雰囲気の場所。

白い小さなうさぎ。


一匹だけではない。

大勢のうさぎが

シャカシャカ芝生を踏みながら

私の周りに集まってくる。


そして、私の下に潜り込んでいく。


なになに、どうしたの?


たくさんのうさぎたちが、

私の下に全部潜り込んで、

そして、場面が切り替わった。


ーーーーー


真っ白なシーツ。

右、左、見ると、茶色い柵がある。


ベビーベッドだ。


ふんわりとした寝心地の良い

ベビーベッドの中で、

私は仰向けになり、天井をぼうっと見ていた。


大人の手が伸びてきた。


ママの手だ。


「よしよし。良い子ね〜」


ママが、私を抱っこしてくれた。


私は、大粒の涙を静かに流した。


(ママ、怖かったの。)


(ママ、怖かったんだよぉ。)


泣いている私の涙を拭い、

母は微笑みながら私の顔を覗く。


そう、母も怖い思いをしたことが

あったのかもしれない。


微笑みは、困難を乗り越えた人に

許される表情だ。


私は、とめどなく溢れる

黒いインクのような、

怖かった、という気持ちを全身で感じて、

母の中で丸まった。


「良い子、良い子」


母は少し私を揺すりながら

両手で抱っこしてくれた。


あったかい。


私の大冒険は、終わった。

私が感じ切ったから、終わった。


この世界は安全だ。


もうどこからともなく伸びてくる

怖い手も、表情が分からない医者も、

血が逆流するような点滴も、ない。


ただ、私が怖い、という

受け止め方をしていただけだったんだ。


世界は脅威に満ちていた。


恐ろしい危害でいっぱいで、

いつも私は害悪を受ける対象だと

自分で思っていただけだったのだ。


本当は、誰しもが、

私の味方であろうとしたのに、

私はその恐怖から味方とみることができず、

脅威とみなして怯えている人生だった。


自分で自分を守るために、

圧倒的に理論武装し、

頭脳を鍛え、体も鍛え、

世に出せる”作品”と化した。


だけども、もう、そんなものはいらない。


本当は、昔から、

私は誰しもから愛されていたのだ。


母からも、医者からも、大人たちからも。


世界は脅威に満ちているというのは

勘違いであって、

本当は、目の前にいる母のように、

とてもチャーミングで優しい世界だったんだ。


さようなら。昔の私。

こんにちは。新しい私。


私は、遠くで見守ってくれている、

もう一人の自分にウインクした。


the end…