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何かを学び始める上で大事なのは努力よりもタイミングだと思う

最近、英検準1級の勉強を唐突にし始めた。

進学や就職に使うわけではないし、海外に住む予定もない。
ただ、「やるなら今だな」と思った。

今まで、英語を学びたいと思い、色々な参考書に挑戦したり、1か月ちょっと語学留学したり、外国人の友達を作ろうとしたことはあった。
どれも多少ためにはなったのだろうが、英語力が劇的に伸びるほど私は頑張れなかったし、長期的に続けることはできなかった。

しかし最近、アメリカ人と付き合い始めたことで、ほぼ毎日のように英語で話したり、LINEを送り合ったりしている。
英語を使う機会が急激に増加しているのだが、今回は英語を学ぶためにあえて機会を作ったわけではない。
外国人と付き合いたいと思っていたわけではなく、たまたま仲良くなった人が外国人だった、というだけだからだ。

日々、とにかく伝えたいことを伝えるため、相手の言ったことを理解するため、必死で英語を使っている。
このように、英語をただコミュニケーションツールとして使っている状態なので、勉強をしている感覚が全くない。
あくまで人生の選択を色々していくなかで自然発生的に、英語を使わざるを得ない状況に置かれた。

そして、勉強している感覚は全くないのに、今が一番英語力が伸びている。
ふとした会話から「自然に」新しい表現を学んだり、「これは英語でなんて言うんだろう?」と「自然に」調べる機会が圧倒的に多いからだ。

この「自然に」というのが、何かを新しく学ぶ上では最も重要なんじゃないか、と最近思っている。
生きていると、何かを学びたいな、新しいことを始めたいな、と漠然と思うことは誰にでもあるだろう。
そして、よほど自分を律することのできる人以外は、学び始めて挫折をしてしまうのが普通だと思う。
だからこそ、学びができるだけ「自然に」発生する環境に身を置くのが重要だと思っている。
新しいことを学ぶときの精神的負荷をできるだけ減らすためだ。

その環境を、意図的に作るのもいい。
しかし、自分なりに考えて人生の選択をしていたら、そのような環境が「自然に」やってくるときがある。
そのタイミングを逃さないことが大事なんじゃないか、と最近感じた。

私の場合は、日々会話をしているだけでも英語力は伸びていると感じる。
基本的な会話や意思疎通には特に困っていない。
ただ、語彙の幅が日常会話レベルから広がっていかない感覚がある。
例えば、ニュース記事や、彼氏が見ているちょっと社会的なYoutubeなどが、あまり理解できなくてもどかしい。
だから、このタイミングで英検に挑戦してみることにした。
少しレベルの高いボキャブラリーを身につけて、コミュニケーションの幅を広げられたらいいなと思う。

転職する予定もないし、海外に住む予定もない。
でも、「やるなら今」だから、少しずつ勉強をしていこうと思う。

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