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無音のひとりごと #4 「ケの日のケケケ」

先日、「ケの日のケケケ」というドラマを見た。先日って言ってもまぁまぁ前か。。。

感覚過敏の高校生が主人公の青春ドラマだ。


単発のスペシャルドラマで尺も短めだったから物足りなさもあるけど、良かったなぁーと。

『感覚過敏』という言葉がどれくらい一般的な言葉なのかはよくわからない私は、特別支援教育などを専攻しているというのもあってよく聞く言葉ではある。とくに聴覚過敏や味覚過敏に関しては、特別支援学校など実習させてもらっていれば必ず出会う子だ。

だから、もう少し世間一般にも感覚過敏について広まるといいなと思う。最近だとHSPとかだってよく聞くけれど、症状としての感覚過敏はかなり辛い部分も日常生活では多いと思う。


ドラマの主人公もとくに聴覚過敏と味覚過敏に関しては辛そうだった。イヤマフが手放せず、耳栓による音の抑制など物理的な方法でなんとかしていたが、きっとそれらをし続けないと生活できない閉塞感は想像し難いぐらいにあるんだろうと思う。

いろいろと書き出すとネタバレになるし、終わらなくなるから印象的な言葉について最後に。

休憩したければ休憩すればいいし。もちろん頑張りたければ頑張ればいい。みんな好きにすればいい。人生はどうにもならないことばっかり起こるから、どうにかなるところは楽をしましょう。

ケの日のケケケより(セリフ)


”みんな好きにすればいい”という言葉はとらえ方によっては冷たくて個人主義的な言葉かもしれない。でも、セリフとしてのこの言葉には妙な温かさとまなざしがあった。ストーリー全体を考えてこの言葉を考えると、全員がハッピーでご機嫌でいることで、私たちは共にいられるということを伝えてくれている気がする。

いまのこの社会は、なにかと他者の主張を軸に生きている。休憩を”強制”されたり、周りに適応することを何気なく”強制されたり”、だれかの正しさを飲み込むことを自分自身で”強制”したり…自分のための価値判断がむずかしかったりする。

そうしないといけいないときだって、もちろんたくさんある。人生ってどうにもならないことばかりなんだから。

でも、そういう中で生活し続けると自分の本心や自分の価値観がなんなのかがわからなくなってしまう。

だから、まず身近なところで楽できることは楽をして、自分の時間、自分のこころを大切にする。そうしてご機嫌をとると自分の価値観や自分の本心を思い出せる。

私自身も自分の価値観、本心を思い出しながらご機嫌でいたい。

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