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学祭公演『おとしもの』14
女性は少し考えてから答えた。
「名前を取り戻して幸せになれるかどうかなんて分からない。だけど、そんなの誰だってそうよ。私だってできることなら幸せになりたい。でも、何をどうすれば幸せになれるのかなんて分からない。例えば、恋人を作れば幸せになれるって思うじゃない?でも、いざ恋人ができてみたら案外幸せじゃなかった、一人の方が気楽でよかった、なんて思うこともあると思う」
「それは君の主観だ」
「そう。それでも私は恋をする。いつか幸せになるために」
青年は黙って女性の言葉に考えを巡らせている。
王様と王妃は王子の顔を思い出せないことへのショックで右往左往しており、2人の会話は聞こえていないようだ。
女性は続ける。
「もしかしたら、このまま名前を失くしたまま生きていく方が幸せかもしれない。でも・・・もし、あなたに愛する人ができたとき、その人からあなたの本当の名前を呼んでもらえないなんて悲しくないかしら?」
「・・・あだ名でも何でもいいじゃないか。そこに愛があるのなら」
「あなたはそれでいいかもしれないけど、あなたを愛してくれる人はきっとあなたの本当の名前を知りたいはずよ」
「なんで君にそんなことが分かるんだ」
「少なくとも私は知りたい。本当のあなたを」
女性は青年の目を見つめて言った。
しかし、青年は目を逸らした。
「でも・・・僕は知るのが怖いんだ。本当の自分を・・・。一度、名前を捨てた身だ。もし、本当の自分を取り戻して、誰からも愛されなかったら、今度こそ僕は、名前だけじゃなくて存在そのものを捨ててしまうかもしれない」
「大丈夫。私がついてるわ。あなたの傍に」
その言葉に青年は涙を浮かべた。
女性は青年の背中を撫でた。
「どんなあなたでも私が受け止める」
青年は涙交じりに頷いた。
いつの間にか2人の間に固い絆のようなものが芽生えていた。
女性は王様の方に向き直っていった。
「王様・・・もう一つご報告があります」
「なんだ?こちらは息子の顔を思い出すので忙しいのだ・・・悲報であれば聞きたくないぞ」
「朗報です。あなたがお探しの王子様はここにいます」
青年の背中を押した。
ばつが悪そうに顔を背ける。
「誰じゃ、その青年は?」
王様が目を細める。
「何をおっしゃいますか?彼こそが第14代王位継承権を持つ王子。トーマ様でいらっしゃいます」
その時、青年に煌びやかな照明が当てられる。
赤、青、黄のカラフルな光が青年の身を包み込み、壮大な音楽が流れる。
そのカラフルな照明が一筋のスポットライトに変わったとき、青年は目を見開いた。
「そうか・・・僕は」
その呟きが静かに響いた。
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