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学祭公演『おとしもの』10

どこかへと歩き出した女性の後を、青年がついて行く。

「あなたが名前を失くしてしまった理由、わかったかもしれない」
「ほんとですか・・・?」
「ええ。あなたは自分の名前を捨てた・・・厳密には家族を捨てたのよ。名前も家族も捨てて飛び出した」

青年は女性の言葉に考えを巡らせた。

「何か・・・ご存じなんですね」
「知らない方がおかしいわ。この国に住む人なら誰だって知ってる。大事件だもの1ヶ月前この国の王子が失踪したことはね」
「王子・・・?」

舞台が暗転し、セットチェンジが行われる。
観客は静かにその様子を見守っているようだ。
暗転すると、城のような背景が現れた。

「ここがあなたの家」
「これってお城じゃないですか」
「そうよ。あなたこそ、失踪したこの国の王子。連日、報道されてるお騒がせ王子よ」
「僕が・・・?」

青年は城の方を見つめる。
自分がこの国の王子だということが信じがたいといった様子だ。

「でも・・・だったら、僕と出会った時点であなたが僕のことに気がついてもおかしくないんじゃないですか?」
「私もそう思ったわ。1ヶ月前から失踪してる王子様の顔なんだもん。すぐに気が付かないなんておかしいって・・・。でも、よく考えてみたらその王子様の顔思い出せなくて」
「でも実物を見たら思い出しそうなものだけど」
「もしかすると、あなたが名前を失った影響かもしれない。あなたが王子様だという記憶がまるまるなくなってるのかも・・・」
「そうかな・・・?僕が王子じゃないって可能性を探す方が手っ取り早そうだけど」
「でも、さっきの写真は王家の写真だった。これは間違いないのよ。そして、その真ん中に写ってる男の子はどこかあなたの面影を感じたわ」

青年は躊躇している様子だった。
女性の言うことはどれも現実味にかけた確証のない話だ。
確証のないまま城に乗り込んで、本当の王子でないと発覚したら、一体どんな刑罰が与えられるのだろうか。

「怖い・・・?本当の自分を知ることが」
「・・・いや、そんなんじゃない。君の言ってることは全部空想に過ぎないじゃないか」

青年は詰め寄られて、かっとなって言い返した。
いつものように丁寧な言葉遣いをする余裕はなくなっている。

「まさか僕がこの国の王子だなんて・・・そんなの信じられない」
「・・・あなたの言う通りわたしの言ってることは全部空想に過ぎないかもしれない。でも少なくとも、あなたが最初に探していた場所よりずっと真実に近づいていると思うの」

青年は女性を見返した。
何か言い返そうと口が動いたが、やがて観念したように息を漏らした。

「ここまで一緒に探してくれた君がそう言うんだ・・・君を信じよう」

青年の口調には他人行儀の堅苦しさが取り払われていた。
初めて心を開いた瞬間とも言えるかもしれない。
もしくは、本来の自分を取り戻しつつあるのかもしれない。

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