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学祭公演『おとしもの』4

「じゃあ、あなたの家族に会いに行きましょう」
「・・・どうやって?僕は名前を失ってから家族のことを思い出せなくなってるんです。もちろん、生まれ育った家も分かりません・・・」
「でも、この小学校に通ってたってことは、この近くに住んでたんじゃない?」
「だといいんですが・・・。この小学校は私立です。遠くから通っていた可能性は十分あります」

青年の言葉に女性は頭を悩ませた。

「何かヒントを見つけたと思ったんだけど、また振り出しか・・・」
「何だかすみません・・・」

落胆した女性はもう一度作文に目を落とした。
そして、何かに気づいた様子で作文を裏返した。

「これ、作文の裏側が地図になってる」
「こんなもの・・・書いた記憶はないんですが」
「何かのヒントかも・・・この印の場所に行ってみましょう」

舞台は暗転し、ごそごそとセットチェンジが行われる。
今度は席を立つ人はいないようだ。
観客はだんだんこの不思議な話に引き込まれているのかもしれない。
舞台が明転すると法廷のようなセットが組まれていた。

「ここは・・・法廷?何か裁判沙汰を起こした記憶があるの?」
「いえ・・・特に思い出せません。もしかすると、僕とは全く関係のない場所に来てしまったのかもしれません」
「あなたが書いた作文の裏にここの地図が載ってたんだから、きっと何かのヒントがあるはずよ」
「・・・だと、いいんですが」

しばらくすると奥からスーツの女性がやってきた。

「えー、これから被告人質疑に移ります。被告人は前へ」

スーツの女性ははっきりと聞き取りやすい声でそう言った。

「裁判が始まるみたい。あの女性の人、弁護士さんかな?」
「いえ、検事でしょう」
「どうして?」
「あの女性がスーツに付けているバッジ。あれは検察官記章です」
「へぇ・・・よく知ってるわね」

青年は法律関係の知識が豊富なのかもしれない。
家族に関する記憶が朧げなのに、こういった記憶は鮮明に覚えているのは不思議な話だ。
そもそも、名前を失ってしまうという現象が不思議なのだから仕方のないことなのだが。
青年と女性が法廷の隅で話し合っている最中、客席から声が聞こえた。
何か男が揉めているようだ。

「なんだよ、離せよ」

客席に座っている男をもう1人の男が無理矢理立たせようとしている。
その様子を見てスタッフらしき人物が駆けつける。
立たせようとしている男を引き剥がそうとするのかと思えば、その逆側に周り、客席の男を両側から挟み込むような格好で立った。
客席の男を挟み込んだ2人は少し身を屈めて男の両脇に手を入れて無理矢理立たせた。

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