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雨と路地裏と少女 2

なかなか立ち去らない少女に痺れを切らせた俺は言った。

「お前がそこにいたら、ここに隠れてるのがバレちまう。さっさとよそへ行ってくれ」

俺の言葉に少女は頬を膨らませる。

「・・・いかない」

4〜5歳だろうか。
普段子供と接する機会がないので細かい年齢は分からない。
この年頃の娘の聞き分けの悪さに舌打ちしたくなるのを堪えて聞いた。

「なんでだ?」

少女は頭を振った。
聞いておきながら「しまった」と思う。
どうせこの年頃の小娘の行動・言動に理由などないのだ。
その理由を尋ねたところで仕方がない。
時間の無駄だと思った時に、少女が口を開いた。

「帰りたくないから」
「・・・帰りたくない?」

「なんでだ?」と聞きたくなるのをぐっと堪えて少女を見た。
雨で濡れているから気がつかなかったが、目尻には涙が溜まっているように見えた。
それを拭った少女が言った。

「かくれんぼする」

その申し出は、面倒だから遠ざけるべき事象だった。
実際、俺は相当嫌な顔をしていたと思う。
その顔を敏感に察知した少女の顔が歪むのを見て、俺の感情は揺らいだ。
そして、勝手な想像をした。

もしかしたら、彼女は虐待を受けているのではないか?

そう思って少女を改めて見返すが、それらしき形跡、たとえば傷跡のようなものは見当たらない。
だが、一度そのような想像をしてしまうと徐々に虐待を受け、逃げてきた少女に見えてくる。

「お前、もしかして」

と聞きかけたそのとき、2人分の足音が足早にこちらに向かってくるのが聞こえた。
俺は咄嗟に、少女をコートの中に抱き寄せた。
思ったより軽い身体は、雨を纏い冷たい。

足音の主は中年の男女で、警察官でないことに安堵したものの、どうやらこの男女が少女の両親らしいことにすぐ気づいたので、俺は思案した。

俺の予感が正しければ、この少女は虐待を受け、この両親から逃げている。
だが、それは俺の妄想かもしれない。
もし、違っていたら?
俺は誘拐犯ということになるだろう。
どうせ、警察に追われる身。
罪が増えたところで大した痛手ではない。
だが、この腕の中で小さく震える少女に誘拐というトラウマを植え付けるのは俺だって歓迎しない。

中年の男女は俺の姿に目を止めると、一瞬顔をしかめた。
ホームレスか何かと思ったのだろう。
実際、怪しい人間には変わりない。
男が通り過ぎようとしたが、女が静止する。
何かこそこそと話をした後、男の方が低い声で話しかけてきた。

「すいません。女の子が来ませんでしか?」

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