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学祭公演『おとしもの』15
舞台全体が明転して、女性が青年の元に駆け寄る。
「取り戻したのね、あなたの本当の名前を」
「ああ。全部思い出した。僕がこの国の王子であるということも」
王子はちらりと王様の方に目をやった。
王様と王妃は驚いた表情で王子を見つめる。
「トーマ・・・。今の今までお前の顔を忘れておった。こんなことが・・・」
王子は王様に近寄り片膝をついた。
「只今、戻りました。長らく城を空けてご心配をお掛けいたしました」
王子の丁寧なふるまいに王様は満足そうに頷く。
「うむ。しかし、元気そうでよかった。この一か月何の連絡もないものだから、山賊に攫われたのか、それとも山で遭難したのかと気を揉んでおったのだが」
「そういったことは全くございませんでした。幸い、誰も私のことを覚えていませんでしたので、金銭目的で誘拐されるなんてこともなかったようです」
「しかし、お前の身に起きたことは一体何なんだ。お前だけでなく周りの者までもお前の存在を忘れてしまうなんて・・・。悪い魔女に魔法でもかけられたのか?」
王子はすぐに答えない。
天を仰ぎ、自分の記憶を辿っているようだ。
少し考えて答えた。
「・・・自分で魔法をかけました」
「どうして・・・?」
鋭い剣幕で割って入ったのは王妃だった。
「どうしてそんな・・・自分のことを忘れさせるような魔法掛けたの?それじゃあまるで・・・」
王妃が言おうとしたことを王様が止めた。
少し冷静な王様が続ける。
「お前は自分で、自分が忘れられる魔法を掛けたのか」
「そうです」
「何の為に・・・?」
王子は答えを探した。
どんな言葉で説明したら相手に伝わるのだろうか。
言っても伝わらないことだから、自分の名前を捨てたのかもしれない。
「こうなってしまったら・・・本当の話をしないといけません。王様と王子ではなくて、親と子供として話していいですか?」
「誰が見とるというわけでもない。この女性がいるがきっと他言はせんだろう」
「ありがとう、お父さん」
砕けた言葉に変わった。
元より王子は丁寧な言葉と砕けた言葉を使い分ける性質があったようだ。
それは名前を失った状態でも変わらなかったらしい。
「僕は、自分の名前が嫌だったんだ」
「自分の名前・・・?」
「うん。別にトーマって名前が嫌だったわけじゃない。この国の王子だってことが嫌だったんだ」
「どうしてだ。この国の王子だというだけで優遇されてきたはずだ。欲しいものは何でも手に入るし、行きたい場所にはどこでも行ける。お前には全てを与えてきたつもりだ」
「・・・それが嫌だったんだよ」
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