見出し画像

学祭公演『おとしもの』13

王妃の怪訝な自然をものともせず、女性は毅然な態度で続けた。

「そして、ただの記憶喪失とは異なる点・・・奇怪なのが、周りの人間も彼の顔を忘れてしまっているということです」
「どういうことだね?」
「つまり、彼の家族や友人、知り合いも彼の顔を忘れてしまったということです」
「・・・そんなことがあるのか」

王様は問いかけは、女性に向けられているようでもあったし、独り言のようでもあった。
王妃は相変わらず怪訝そうな表情で「何を馬鹿な」と小声で言った。
こうした2人の反応は想定の範囲内といった具合で女性は続ける。

「それじゃあ、おふたりに質問です。王子様の顔ってどんな顔でしたっけ?」
「馬鹿にしてるのかね、君。息子の顔を答えられない親がどこにいるんだ!」

王様が声を張り上げたので、一気に緊迫した空気が流れる。
女性はそれに動じずに続ける。

「馬鹿になどするわけないですよ。わざわざ王様の御前までやってきて、王家を侮辱する輩がどこにおりましょうか。王様・・・今一度、考えてみて欲しいんです。王子様はどんな顔でしたか?目は二重でしたか?それとも一重?鼻筋は通ってましたか?それとも大きな団子鼻ですか?耳は?髪型は?顎は?」

矢継ぎ早の質問に王様は返す言葉が出てこない。
怪訝そうな顔をしていた王妃も王子の顔を思い起こそうとして、思い出すことができなかったのか驚きのあまり口に手を当てた。
王様もまた同様に頭を抱えてしまった。

「どういうことだ。息子の顔を・・・全く思い出すことができないなんて・・・」
「どうして・・・」

2人は恐怖のあまりに血の気が引いて顔が青ざめていった。
顔を見合わせて互いの顔を指差しあって顔色が悪いことを確かめ合う。
今まで話半分に聞いていた王妃も、自分の身に体験しているので信じざるを得ないといった様子だ。
その様子を見て女性はふーっと息を吐いて胸を撫で下ろした。
その様子を見て青年が訊ねる。

「どうしたの?」
「いや・・・ちょっとホッとしちゃって」

それどころではないのか、王様と王妃には聞こえていないようだ。

「なんで?」
「だって、これですんなり王子様の顔はこう言う顔だって答えられちゃったら困るじゃない。あなたは王子様じゃないってことになるし、そしたら私達は虚言か不敬の罪で仲良く牢屋行きよ」
「なんだか怖いな」
「でしょ?だから、これで正解なのよ」
「いやそうじゃなくて・・・僕は名前を取り戻すべきなんだろうか」
「今更何言ってんのよ、ここまで来て」
「だって、あの王様も王妃も息子の顔が分からなくなってるのに今の今まで気が付かなかったんだよ?それって息子の顔を思い出す瞬間がなかったってことじゃないか。もし、名前を取り戻して、あの人達の息子に戻ったとして、僕はそれで幸せなんだろうか」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?