見出し画像

アングラの王子様 32

「大丈夫だよ」

今井君は私の手をとって、講堂の中に入っていく。
真っ暗な講堂にスマートフォンのか細い明かりが心許ない。
講堂の真ん中辺りで、今井君はスマートフォンを床に起き、鞄から取り出したレジ袋を上から被せた。
そうすると、スマートフォンの灯りが拡散されて、部屋の中が仄かに明るくなった。

「どう?これで台本読めるでしょ?」
「うん。こんなやり方、よく知ってるね」
「昔、キャンプで父さんに教わったんだ」

今井君のお父さん、すなわち今井ホールディングスの社長がキャンプでこんな豆知識を披露している姿が思い描けなかった。
私はふと思ったことを今井君にぶつけた。

「っていうか、電気は?つけないの?」
「利用許可取ってないからね。電気つけたら守衛が飛んでくるだろうね。それにーーーーー」
「それに?」
「この方が雰囲気出るだろ?」

確かに、と改めて周りを見る。
真っ暗な講堂に灯った明かりは、私達をぼんやりと照らして、影を作った。
夜の講堂に2人きり、何だか悪いことしてる気分だ。

私達はスマートフォンで作った簡単な照明を挟むようにして、講堂の真ん中に座った。
私と今井君の掛け合いの部分の台詞を読み合わせていく。
何回かやっているうちに、いつの間にか今井君は台本を置いて、私の目を見てお芝居をするようになった。
まだ、覚えきれているか不安だったけど、それに釣られる形で私も今井君の目を見てお芝居をした。
そうすると、自然と台詞が口をついて出る。
台詞を思い出すというよりは、今井君の台詞が呼び水となって、口からこぼれ落ちていく感覚に近いかもしれない。
演技なんだけど自分の言葉として発言しているような不思議な感覚だ。
私と今井君の長い掛け合いのパートが終わる。
ふっと、私に戻る。

「言えた」

ずっと覚えることが出来なかったら台詞を台本を見ずに言い切ることができた嬉しさが口をついて出た。
今井君も嬉しそうに、頷いてくれた。

「白石さんならきっとできるって思ってた」
「ありがとう。今井君が本気でお芝居してるから引っ張られちゃった」
「ここでーーーーー」

今井君は、講堂の舞台の方を見つめている。

「ここで演るんだよな、俺達」
「・・・うん」
「お客さんが何人来るか、どんな反響があるか、想像できないけど・・・これだけは自信を持って言える」
「なに?」
「この公演は俺達にとって、かけがえのないお芝居になる」

今井君はそう言い切った。
仄かな明かりに照らされた今井君の横顔は、何だか少年みたいに思えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?