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学祭公演『おとしもの』8

客席にスポットライトが浴びせられる。
そこには、親子らしき女性と女の子との姿があった。

「・・・美奈子・・・なんで・・・」

被告人の男はそう呟いたのだが、声が小さかったため、後方の客席には聞こえていないだろう。

「先輩の奥さんとお子さん・・・ですよね。裁判の話を聞いて駆けつけてくれたんだと思います」
「・・・・・」

被告人の男は青年の言葉に耳を貸さず、親子の方を見つめている。
青年は男の横に立って続ける。

「娘さん・・・さくらちゃんは来年には小学生でしたっけ・・・?悪いことをしたら謝るってこと、お父さんから教えてもらったってさくらちゃん言ってましたよ」

男の目に薄っすらと涙が浮かぶ。

「先輩・・・」と青年が訴えかける。

「何があったのか僕にはわかりません。・・・ですが、もし。先輩の心の中に少しでも罪悪感があるのだとすれば、頭を下げて謝罪をすることで、やり直せることだってあると思います。たとえ相手が許さなくても、その誠意は伝わるはずです」

青年が男の背中を押す。
男は親子の方を見る。
親子はただ、男の方をじっと見ているだけだ。
また、会場はしんと静まり返る。
被告人の男は、天を仰いで頭を左右に細かく振った。
何か自問自答のようなことをしているのだろうか。
その後、青年の方に向き直り、耳元で何かを呟いた。
青年もまた男に耳打ちをし、男はそれに短く頷いた。
そして男は一歩踏み出して、女検事の方に向かって言った。

「俺は・・・嘘の記事を書いた。ありもしないことをさも事実のように書いた。時に面白おかしく、時に批判的に記事を書いて、国民感情を煽った。書かれた当人が傷ついたりすることなんてお構いなし。これが自分の仕事だと割り切って今日の今日まで続けてきた」

男は深々と頭を下げた。

「申し訳ない・・・!俺の記事で多くの人を傷つけてしまった。あんたらのことも・・・」
「到底許せることではありません」

女検事が言った。

「ですが、あなたが少しでも変わろうとするのであれば・・・」
「俺はもう、汚れちまった。変わることなんてできない。・・・そこにいる妻と娘だって、そんな俺を見放して出ていっちまったんだ。俺にはもう帰るところもない。この仕事を続けるしか、俺の存在価値はないんだ」
「パパ・・・!」

客席から女の子が呼びかける。
男は客席側を振り返る。

「さくら・・・」
「パパ・・・一緒に帰ろう?」
「でも、俺は・・・」

男は女の子から目を逸らした。
青年が男の傍に寄り、肩に手を置いた。

「やり直すのに遅いなんてことはないんですよ。あなたもきっと変われます」

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