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「スイングトレード」第1話

あらすじ
 とある人物から依頼を受け、面接に出向いた弁護士の森久志。勝山翔介と名乗る人物からの依頼は株式投資をしてほしいというものだった。株なんて全く経験がない久志だが、未知の仕事に興味を持ち、その依頼を承諾するのであった。やがて勝山の指導でメキメキと投資の腕を上げていく久志。しかしある出来事でふたりは決別する。それからふたりのデッドヒートが始まる。

 俺はグレーのスーツを身にまとい、緊張感で軽く震えながらその安い共用オフィスの一室のドアを開けた。中は10人ほどが入れる小さな会議室になっており、白いポロシャツ姿のラフな格好をした40代ぐらいの男が一人座って待っていた。

 男が手で正面の椅子を指す。その席につく俺。そこで初めて聞かされた。まだ会社を設立してないんだそうだ。これから手続きの最終段階に入るので付き合ってほしいとのことだ。

「俺の名前は勝山翔介だ。これから会社を興す。そこでまずは相棒探しをしているところさ。君の名前はえ~と森久志君で間違いないね」

「はい、宜しくお願い致します」

「身分証明書は持ってきているね」

「はい」

 俺は弁護士バッジと日弁連が発行した身分証明書を手渡した。

「ふーん。企業法務に強いというのは確かなんだろうね」

「自信があります。でもそういう案件は少なくて……。いつもは浮気の示談ばかりやっていました。日銭稼ぎの毎日でしたよ。でないと最初から個人事務所を開いた私はまず食うことがすべて。名のある弁護士事務所に所属して牛後につくより鶏頭で活躍したいと思いひとりでやってきましたものですから。ご存じないかもしれませんが弁護士の規制緩和政策のおかげでいまや若い弁護士がちまたにはじゃぶじゃぶに溢れています。年収が300万円に届かない人もいるんです」

 40代前半とみられる勝山は「ふーん」とまた考え事をし始めたようだ。いかつい手をあごの下にもっていき、無精ひげをさすっている。

「それで、わが社に応募したと。年棒が500万円とまとまった収入があるからと」

「それももちろんですが、企業法務の仕事に没頭したいという志も持っています」

「それは多分これから会社を立ち上げる時と緊急の時だけになると思うぞ。君が主に取り扱う仕事は株の売買だ」 

 俺は仰天した。

「えっ、えっ?私は株は全く分かりませんが」

「分かるようになるよ、俺が開発した必勝法をマスターすればね。ひと月もすれば勝ち組にまわるようになるだろう」

「は、話が全く見えませんが……」

 勝山はさらにたたみかける。

「成績によって年棒もどんどん上げてやる。悪くない話と思うんだが」

「それはありがたいですけど。その必勝法とやらはどのような」

「それについては今は言えない。雇用契約書にサインすればコーチング開始だ。そこでいやというほど教えてやるよ」

 勝山がペットボトルのお茶を飲んだので同じタイミングで俺も水を飲む。空調はきいてるのにひたいから吹き出す汗が半端ではない。ハンカチでぬぐいながら勝山の次の言葉を待つ。

「この投資法は誰にも教えられない。君がパートナーになったら俺と君だけが知る営業秘密となる」

「分かりました」

 俺は思わず疑問に思ったことをぶつける。

「業態はなんでしょうか」

「投資会社だよ。それ以外に考えられないじゃないか」

 自信いっぱいの笑顔で俺を見透かすように眺める勝山。彼の言うところによると投資会社を立ち上げるのはかなり法的なハードルが高いんだとか。それでまずは企業法務に強い弁護士を雇おうと考えたらしい。

 会社というものをゼロから立ち上げるという仕事にも魅力がある。少し山師的なものを勝山に感じたが、俺は椅子から立ち上がり深く礼をする。

「ぜひともやらせてください!」

「そうだなあ、前に3人会ったがみんななにか気が合わなかった感じがしたんだ。君とは馬が合いそうな気がする。合格だ。明日から出てこられそうか」

「はい。ぜひ」

 すると勝山は一冊の本を俺に差し出した。

「株式投資の基礎の解説本だ。目を通しておいてくれ」

「分かりました。じっくり勉強させていただきます」

 勝山が手を出したので俺はがっちりとその手を握り握手をする。とりあえずの契約成立だ。

「これから出れるかい」

「はい、あと予定はなにもありませんが」

「よし、じゃあ飲みに行こう!」

「は、はい」

 勢いに圧倒された俺は勝山の提案を素直に受け入れた。面接の日に飲みに行くってと一瞬頭をよぎったが、就職すればこんな事は日常茶飯事になるだろう。個人事務所を立ち上げロンリーウルフを気取ってきた俺だが、社会人の最低限のルールはわきまえているつもりだ。いま目の前にいるのは会社を立ち上げれば社長になる男だ。その男の誘いを拒めるわけがない。

「じゃあ、いくか」

「はい」

 ビルを降りた所から徒歩で3分のところに居酒屋があった。先導する勝山がそこに入るのかと思いきや通り過ぎ、高級焼き肉店に歩を進める。まだ会社すらないのに羽振りがいい。焼肉が好きな俺に異存があろうはずがない。

 4人席を2人で占領すると店員にまずはカルビを四人前と生ビールを二つたのんだ。

「豪勢ですね」

 年収300万円の俺がにやけながら勝山にいうと、彼はうっすら笑い、自らのことを語り始めた。

「俺は飯はほとんど外食だからな。普段金を使わないから飯ぐらいいいもんを食わないとな」

「興す会社は投資会社ですよね。ということは、さっきおっしゃってた投資法で自らの資産もそれなりにあるんでしょう」

「はい生二つでーす」

 店員が割ってはいる。

 ふたりともまずは乾杯し、ビールを口にし、半分ほど飲み干した。

「あー。生き返った」

 勝山が天を仰ぐ。

「俺個人の資産は3億だ。すべて自ら編み出したその投資法で稼いだもんだよ」

「さ、3億……、それでもまだ足りないんですか?」

 俺はちくりと反発を試みた。

 勝山はなにかを考えながら、言葉を選んで返す。

「額の問題じゃない、自分が一生でどこまでいけるか試したくなるんだよ。個人では5年でここまできた。会社を立ち上げるとさらに稼げるだろう。お前と両輪で客から集めた資金を運用する。稼ぎはどんどん膨らみ会社の規模は大きくなり、『勝山ここにあり』と世間に言わせたいんだよ。それが俺が描くゴール地点だ」

 いきなり「お前」呼ばわりされたことに元事務所の社長でもあった俺は少しカチンときたが、相手は上司であり年上でもある。腹におさめた。

 ひとりでどれだけ稼いでも満足できないものなんだなと俺は思った。とくに勝山のような自己顕示欲の強そうな人間の場合は。

「前の会社はどこですか」

 少し眉をひそめて俺を見た。それから笑いながら言った。

「能代産業だよ」

「あー。労働争議でよく耳にする……」

 カルビをほおばりながら勝山は吐き捨てるように言う。

「そう、いわゆるブラック企業だ。それも半端のない。サービス残業は夜12時は当たり前。電車も終わってるんで会社の仮眠室で寝るしかない。パワハラ、モラハラは日常茶飯事。セクハラで逮捕されたやつもいたっけか。そういう会社文化がどうしても払拭できない企業体質。どうしようもないところさ。訴えられるとあからさまに開き直り、事件をもみ消そうとする。自覚もこれじゃいけないと反省することもない、最悪な会社だったよ。俺のつくろうとする会社はそんなことは一切ゆるさない。働きやすい社風を目指すつもりだ。まあ、そんな夢も一応はもっている。ははは」

 そこからはモツを食いながら、お互いのことを語り合い面接は終わった。

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