「スイングトレード」第33話
「詐欺だと?俺はなにもしてないぞ!」
俺は小声で言う。
「ここは従ったほうがいいですよ」
「……分かった。弁護はたのむぞ」
「はい」
俺はじっとしてその場を眺めている警官になにが起こったのかを聞いた。
「勝山投信に金をネットバンキングで振り込んだら次の日には残高がゼロになった被害が3件起きた。こちらとしては、被害が出ている限り勝山をおさえるしかない。明確な証拠が出るまでは取り調べを受けてもらう。それだけだ」
「被害総額は」
「3400万円だ」
「これから取り調べは何時間ぐらいでしょう」
「うるさいな君は。何者だ」
「勝山の弁護士の森ともうします」
俺はそういう方面に詳しそうな小西に事情を説明した。
「それ、フィッシング詐欺の可能性が高いですよ」
「やっぱりそう思うか。くわしく」
「フィッシング詐欺というのは信用できると思われる送信元を装ったメールなどを不特定多数に送り付けウイルスに感染させ、そっくりに作ったホームページを表示して、IDやパスワード、クレジットカード番号などを騙し取るネット詐欺の一種ですよ。バージョンを最新版に更新してないパソコンは感染率が高いとされています」
「うーん。だな。何億も持っている勝山社長が3000万円程度をかすめ取るなんかどう考えてもあり得ない。俺が直訴してくる」
「がんばって」
と小倉。
俺は拳をにぎり、警察署にむかった。
「今日逮捕された勝山翔介に接見にきた弁護士の森という者ですけど」
受付でそう言うと婦警が立ち上がり、「少々お待ちください」といい、その場からいなくなった。
しばらくして年配の警察官が現われた。
「いま取り調べ中です。しばらく待ってもらえますか」
「その前に私の話を聞いてもらえませんか」
「いいでしょう、待合室に行きましょう」
俺はその警察官に導かれ、小さな部屋に通された。
お互い顔を見ながら座る。
「今回の事件、数億の個人資産がある勝山がたった3000万円程度をだまし取るなんて非常に考えづらいと思うのですが」
「そうですね。詐欺に手を染めるとは考えづらい人物です。しかし実害が出ている以上、こちらも調べないわけにはいかんのですわ」
「こちらとしましてはフィッシング詐欺とみているのですが。押収した勝山のパソコンからは何も出ないでしょう。調べるべきは被害者のパソコンです。どうかそれを押収し、調べてみてはくれませんか。うちのニセのホームページが出るはずです。警視庁には『サイバー犯罪対策課』があります。そのニセのサイトを調べると、本当の加害者をたどることができるはずです」
その警察官は上をむき、何かを考える様子をしたが、すぐにこちらを向きなおす。
「わかりました。その線で捜査を進めてみましょう」
といい、待合室を出て行った。
およそ一時間後、俺は勝山と向き合った。勝山は少しニヒルな笑いを浮かべている。
「もう動いているのか。早いな」
「本職ですから」
沈黙が続く。
「どうですか。留置場に入れられた気分は」
「ふん。しょせん銭ゲバの最後なんかこんなもんかと自分を笑ってるよ」
「警察の捜査方針を変えるようにいいました。これはおそらく、うちの名をかたったフィッシング詐欺でしょう。サイバー犯罪対策課に動いてもらうように進言しました」
「俺を出してくれたらボーナスで1000万円くれてやる」
俺はしかめっつらをした。
「あなたのいけないところです。すぐに金で解決しようとする。以前いってたじゃないですか。『お前たち仲間と共に生きるのが今の俺の夢だ』って。あなたとはいろいろ衝突する部分もあった。しかし現に僕は仲間として動いています。もっと信頼を寄せてください」
勝山は俺の目を見つめながらつぶやく。
「俺と、お前と、友紀、小倉、安藤……一緒にゴルフへ行った時だったかな。あの頃がいちばん楽しかったな……なんのわだかまりもなく、はしゃいでいた時。もう一度戻りたいな。そのためにも早くここを出なければ」
「そうですね。みんながなじみ始めたころですね。あの時、投資の極意をおそわりました。不思議に思うのですが、なぜ僕には投資を教えてくれたのですか?社交的でもなく大人になりきれていない未熟な僕にだけ……」
「まあ、そうだな。未熟だからこそ育てがいがあると思っていたんだ。あの時俺はタッグを組むパートナーを探していた。こいつは伸びると感じたんだ。理屈じゃない。人との縁というものはな」
「僕をクビにしたあと、この投資法がもれるというのは考えなかったのですか」
勝山は少し考えている。
「それは真っ先に考えたさ。しかしもれたらもれたでいいと思ったんだ。こいつの力はどれだけあるのか見たかったというのもあった。男の人生はパワーゲームだ。パワーで圧倒的な力の差を見せつけたくなったのさ。しかしお前は利回りを引き上げた。で、潰す決断をしたんだ」
「大人としての決断ですか」
「そうだ。非情にいこうと決めた。敵としてな」
「敵か……あなたは父親のようなところがあった。厳しくて、でも優しくて……だからこそ敵とみなされることはないと甘えていた。振り返れば非常に愚かでした」
「そうやってトライ&エラーを繰り返して成長し、大人になっていくんだよ」
俺はゆっくりうなずいた。
「ところで本の差し入れはできるんだよな。むかし読んだ『相場師』っていう小説が読みたい。ネットで取り寄せることができるだろう。次の接見でたのみたい」
「分かりました。すぐに取りよせます」
「俺はいつごろここを出られそうなんだ」
「それは捜査の進展しだいです。全力で動きます。待っていてください」
接見が終わった。
俺は警察署を出るとネットで小説を取りよせた。都内なので明日配達できるとのこと、時間を10時に設定し、スマホをポケットにいれる。
初めてこうして勝山と向き合った気がする。勝山の懐の深さを感じた。
次の日小説が届くとすぐに接見に行った。
「この本でしょ。『相場師』」
「これだよ。懐かしいな。これを読んで相場師にあこがれたもんだ」
「現実になったじゃないですか」
「まあな。人間なろうと強く願えばなれるもんだ」
警察署を出た俺はその足でオフィスへ顔をだした。コールセンターの女性三人は忙しそうに仕事をしている。しかし総務部の連中は暇そうだ。
小西が俺を見つけて言う。
「社長は元気にしてましたか」
「ああ、変わらずだ。本を差し入れしたら喜んでたよ。まあ、でもやっぱり一週間はかかるかな」
その時である。俺のスマホが鳴った。
「……はい、……はい」
俺は電話を切った。
「なんですって?」
「釈放だそうだ。身元引受人として来てほしいということだ」
「やったじゃないですか」
「ああ、行ってくる」
帰りのタクシーの中、勝山が俺に言う。
「お前は今日から副社長だ。これは業務命令だ。いいな。大人の世界を教えてやる」
「……分かりました。困難かもしれませんがトライさせてもらいます」
次の日、俺のデスクは社長室に移動した。
朝礼で勝山が宣言する。
「今日から、森久志を副社長に任ずる。まだまだひよっこだが、みんなついてくるように。いいな」
拍手が鳴り響いた。
「副社長に任命された森久志です。懸命に職責をはたして参りたいと思います」
俺は一礼をした。
「次に小西君を総務部部長に、小倉ことみ君を経理部財務課課長に、安藤君を経理部部長補佐に任ずる。みんな異存はないな」
拍手が鳴る。俺は「ふーっ」と息をはき、三人の行く末に安堵したのであった。
社長室に入ると、パソコンが置いてあった。
「その口座には10億入れてある。勝負だ!」
勝山が笑顔で言う。
「いいでしょう。受けて立ちますよ。勝負勝負!」
俺はパソコンを立ち上げ、ツールを操りエンターキーを叩く。
ふたりのスイングトレードは終わらない。
完
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