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『不寛容論』アメリカが生んだ「共存」の哲学 森本あんり

   

ひとり遅れの読書みち    第14号


    21世紀の社会は「否応なく自分と異なる思想や価値観をもった人と共存してゆかねばならない世界である」「そのための心構えをしておく必要」があるとして、著者は歴史を振り返りながら「寛容」について考える。
    日本でよく聞かれるのが、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教など一神教はどうしても他者や他宗教に対して不寛容だ。「日本は多神教だから寛容だ」という説。さらには多神教だからこそ、宗教や民族間の争いやもめ事には「仲介」「和解」に導けるといった主張もある。
    しかし著者は、実際はそうではない。外来宗教との接触が少ないから自分たちは寛容だと思い込んでいるだけ、とする。
    『現代日本の宗教事情』(2018年刊行)を紹介して、「他宗教の信者を信頼する」「他宗教の信者も道徳的と考える」という人の割合が、日本、中国、インド、アメリカ、ブラジル、パキスタンの中で、前者の項目には下から2番目、後者は最下位。「他宗教の信者と隣人になりたくない」と答える人は最多だ。日本人が宗教的に極めて「不寛容」な実態を浮かび上がらせている。
    「クリスマスとお正月を一緒に祝い、生まれたときにはお宮参りをし、結婚式を教会で挙げ、葬式は寺に依頼する」から、宗教に寛容だと見られる。が、それは「うわべだけ」と手厳しい。
    無論これは「内心でどう思っているか」を問う統計であり、日本人は実際に人と人との直接の付き合いになると、案外上手に「寛容と礼節」をもって接していることが多いだろうと断っている。

    ただ「寛容とは自分と違う人や自分が否定的に評価するものを受け入れること」。自分が無関心でどうでもよいと思っていることに対しては、寛容にも不寛容にもなれない。つまり「無寛容」なのだと分析する。
    ここで注意するべきは、「無寛容」が時として容易に「不寛容」へと変貌することだという。日本には、主流と異なる思想や宗教には苛烈な迫害を加えてきた歴史があるからだ。真宗やキリシタンへの迫害。戦時中の「非国民」呼ばわりなど。コロナ禍の「自粛警察」もそこに含まれると見る。
    普段は温和な近所付き合いをしていたのに突如情け容赦のない排除に転化する。「温和な無寛容」が「凶暴な不寛容」へと転化する現象が見られるというのだ。

    そこで寛容の作法や思想を歴史的な視野の中で位置付けし、「意識的な鍛練」をすることが重要と主張する。
    著者が焦点をあてるのが、ロジャー  ウイリアムズという17世紀の人物。ロンドン生まれでケンブリッジ大学卒業。アメリカの植民地に渡ったピューリタンだ。近代啓蒙思想家ロックより半世紀も前にロックよりも進んだ寛容論を唱え、それを一身に担って実践した。史上初の「政教分離」社会を建設し、キリスト教だけではなくあらゆる宗教への寛容を論じたという。
    西欧社会で生みだされた近代憲法には、集会、結社、言論、出版などの自由が謳われているが、歴史的な淵源を辿るとこれらは全て「信教の自由」に帰着する。最も基本的な自由や人権概念の中核に位置するものが、この自由だという。

    さてピューリタンは信仰の自由を求めてアメリカに渡ってきた人々、既存の体制への異議申し立て者だった。新天地で新しく制度を定め、政治を運営し教会を建ててゆく。宗教や信仰については厳格であり、今度は自分たちの建設した社会で意見の違う人々への迫害を始める。「不寛容」だ。
    ウイリアムズはそうした既存の勢力と衝突を繰り返し、誰からも干渉されない自由な信仰を求め、新しい土地(今日のロードアイランド)へ移動する。やがてそこには「厄介払い」された人々が集まってくる。そこで統治の形態をどうするか、意見の違う人々、不満分子にどう対応していくかに悩む。
    考え出された論理は「自分にとって自分の信仰はかけがえのないものだから、他者にとってもその人の信仰は大切であるに違いない」というものだった。
    人々にはその地で生活するにあたって幾つかの約束を守るという「契約」への署名を求めたが、それはあくまでも「世俗的な事柄」に限られるとし、人の内面には及ばない。著者はここに「信教の自由の第一歩」が記されたと重視する。

    寛容は「相手を是認せず、その思想や行為に否定的であり、できれば禁止したり抑圧したりしたいが、仕方なくその存在を認める」という態度だ。そこに「共存」の道を見出
そうというのだ。
    無論これで全て解決したというわけではない。アメリカはその後も「寛容」と「不寛容」の激しいぶつかり合いを繰り返しながら、今に至っている。
    人の内面は測りしれない。本人の思わない行為に出てしまうこともある。時を経て反省することもしばしばだ。「寛容」について改めて深く考えさせる良書と言える。


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