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『福音列車』 川越宗一

 

ひとり遅れの読書みち  第22号


    明治維新から第2次世界大戦まで、国と国の歴史が激突する瞬間を生きた人5人をめぐる物語だ。既存の体制からはみ出した者たちが、海外を舞台にして繰り広げる人間ドラマである。

     最初は本書のタイトルにもなっている「ゴスペル・トレイン」(福音列車)だ。九州佐土原藩の大名の三男島津啓次郎が維新直後、アメリカに渡り、アナポリスの海軍兵学校で学んでいたときに出会った黒人霊歌。根強く黒人差別が続くアメリカの食堂で聴いたゴスペルに感動し学校を休んでまでしてその歌を学ぶ。黒人たちの教会に寝泊まりしながら学ぶうちに一層黒人たちの「スピリチュアル」と「ガッツ」に引き込まれていく。「さあ乗り込もう、子供たちよ」と呼び掛ける歌。教会で歌われると、人々は手を打ち足を踏む。また体を激しく揺らせる。教会では文字の読めない人たちにも教育を施していた。
    人としての生き方を掴んだと思った啓次郎は、軍人ではなく教育者となって地元の青年たちを指導しようと決意する。だが、帰国した啓次郎を待っていたのは西南戦争だった。島津家分家の指導者として西郷軍側について戦い、目的を果たせないまま命を落とす。

    第2の「虹の国の侍」は、幕末上野寛永寺での戦いに加わったものの負傷して逃げ延びた元旗本、伊奈弥二郎が主人公。ハワイでの再起を図るが、砂糖黍畑の作業には白人支配者の苛酷な締め付けが続いていた。ハワイ原住民の青年と出会い、ハワイ人による国を作ろうとする活動に加わった。大義のために命をかえりみずサムライの気概を見せる。
    第3話は「南洋の桜」。第1次大戦後日本の委任統治下に入った南洋ミクロネシアの島々が舞台だ。米軍将校がスパイ活動のためどこかの島に潜入しているとの情報を得た日本海軍。ひとり派遣された宮里要大尉は米軍将校が死亡しているとの話を受けて調査に出かける。するとその死体の側に置かれていたパスポートには写真が剥がされているなど、不審な点が多く、捜査を開始する。地元の警官と協力して灼熱の島々を巡る。

    第4話はモンゴルを舞台にした「黒い旗のもとに」だ。シベリア出兵に加わった鹿野三蔵だったが、民家を焼き払ったりする軍に反発脱走してモンゴルの馬賊に加わった。満州事変などを通じて日本が中国大陸にどんどん入り込んで来るなかで、モンゴルの独立を目指す部隊に加わってモンゴル人として活動する。日本軍からの誘いもあったが、モンゴル人の夢にかける。
     第5話は、日本人ではないが日本で生まれ育ったインド人の娘ヴィーナが主人公の「進めデリーへ」だ。日本軍はインド独立を目指すスバス・チャンドラ・ボースの勢力を支援していた。しかしインパール作戦は悲劇的な失敗に終わる。その混乱した状況のなかで、ヴィーナはひとりインド行きを決行する。

    各編の主人公が生きた時代や活動した土地は様々だ。共通して感じられるのは、ひたむきな生き方だろうか。時代の流れからはみ出してしまう主人公たち。しかし、しっかりと自己を見つめて信じる道を歩もうとする。強い絆で結ばれる仲間も生まれてくる。切なさと無念さを覚える物語だ。

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