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山のぼろ寺

1997年5月21日(水)
わたしは小型猫娘みたいなちびで、お兄さんは9歳か、10歳。おとうさんは夏用の白カバー制帽をかぶったタクシードライバー。
ちっとも恐くなかったけど、おとうさんの運転はとても街中とは思えないスピード。
ビルとビルの間に、すんばらしい夕空が、ちら、と見えて、もっと見たいと思ってる間に、車はすごーい急角度の山を登っていき、山の上のお寺に来た。黒い山肌に通った石畳の一本道。その細帯の途中で車を停めて、夕空を十分眺めることができた。
わたしは、今度自分が運転してこの壁みたいな山に登ることを考えた。恐々アクセルを踏んだのではずり落ちるだろう。思い切りと注意深さが必要だ。

古いぼろぼろの山門を潜ると右手に神社が祀られていた。鳥居はなかった。坊さんが朽ちた本堂らしきところの出入口に座っていた。
おとうさんはこのぼろ寺を買ったのだ。お兄さんに継がせる気で喜んでる。お兄さんも納得してくれたからだ。
格子の向こうの落ちた戸や荒れ果てた室内を見るにつけ、おとうさんはどうやってここを復元するつもりだろうと思った。何百万、否、一千万はかかる。それに維持費が要る。おとうさんは喜んでるけど、大丈夫なのかな。

わたしたちはお寺に一泊してあす帰ることになっていた。おとうさんに食料の買い出しを提案しているところへ、何やら妖怪じみた小坊主さんが夕飯を運んできた。
わたしとお兄さんは格子のそばのテーブルに着いた。黒塗りの四角なお盆に、黒塗り、内は赤の器が幾つかのっていた。わたしのふたつき椀にお兄さんが輪をかけた。わたしもお兄さんのふたつき椀に輪をかけた。
互いに、これでよい、と思ったようだった。

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