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『黒蜥蜴』:1962、日本

 大富豪・岩瀬庄兵衛の元に、一人娘・早苗の周囲に気を付けろという脅迫状が届いた。岩瀬は探偵の明智小五郎を月100万円で雇い、早苗を警護させる。見合いのために岩瀬と早苗が大阪に行った時も、明智は同行していた。

 見合いをセッティングした緑川夫人は、実は怪盗“黒蜥蜴”だった。彼女は岩瀬の持つダイヤモンド“エジプトの星”を狙っており、それを手に入れるために早苗を誘拐しようと企んでいた。黒蜥蜴の手下・雨宮は、早苗をトランクに入れてホテルから連れ去った。

 明智が事前に配置しておいた部下によって、早苗は救出された。明智は、黒蜥蜴の正体が緑川夫人だと見抜く。警察に捕まりそうになる黒蜥蜴だが、明智の銃を奪って逃亡した。黒蜥蜴と明智は互いに、相手に惹かれる気持ちを抱きつつあった。

 東京に戻った岩瀬は、4人の用心棒を雇って屋敷を警護させた。だが、黒蜥蜴は岩瀬が購入したソファーに、雨宮を潜ませていた。黒蜥蜴はスパイとして送り込んでおいたメイド・ひな夫人の協力を得て、まんまと早苗を誘拐してみせた。

 黒蜥蜴は脅迫状を送り付け、早苗と引き替えにエジプトの星を要求する。黒蜥蜴は宝石を受け取り、手下の雨宮や松吉らと共に船で逃亡する。途中、黒蜥蜴はソファーの中に明智が隠れていると確信した。彼女はソファーをロープで縛り、海に放り込んだ。

やがて船は、黒蜥蜴のアジトがある伊豆半島の無人島に到着した。アジトの地下には美術館があり、大勢の人間が生きたまま剥製にされて飾られていた。黒蜥蜴は早苗の美しさを今のままで残そうと考えており、彼女も剥製にするつもりなのだ…。

 監督は井上梅次、原作は江戸川乱歩、脚本は新藤兼人、製作は永田雅一、企画は土井逸雄&吉田史子、撮影は中川芳久、特殊撮影は築地米三郎、編集は鈴木東陽、録音は橋本國雄、照明は安田繁、美術は間野重雄、衣裳デザインは真木小太郎、振付は飛鳥亮、作詞は三島由紀夫、音楽は黛敏郎。

 出演は京マチ子、大木実、叶順子、川口浩、三島雅夫、杉田康、北城寿太郎、久里千春、緋桜陽子、中条静夫、藤山浩二、阿部脩、三角八郎、丸井太郎、大川修、小笠原まり子、目黒幸子、高村栄一、谷謙一、花野富夫、大塚弘、竹村南海児、中原健、長田健二、大庭健次朗、竹里光子、細中一郎、篠崎一豊、穂積明、伊奈久男、清水イサム、トリオ・フランクス、ツー・ステッパーズ、御伸子、菅野アダジオ、中井照健ら。

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 江戸川乱歩の同名小説を基にした作品。
 というより、小説を基に三島由紀夫が脚本を書いた舞台劇を、映画化した作品と言った方が正確だろう。
 黒蜥蜴を京マチ子、明智小五郎を大木実、早苗を叶順子、雨宮を川口浩、岩瀬を三島雅夫が演じている。

 明智小五郎といえば、個人的にはTV版の天知茂のイメージが強い(ちなみにTV版の『黒蜥蜴』の監督も井上梅次だった)。
 しかし、この作品の明智には、天知茂のようなニヒルな所はまるで無く、真っ直ぐに明朗な探偵さんである。

 一方、黒蜥蜴といえば、やはり三輪明宏(丸山明宏)というイメージだろう。1968年には三輪の主演、深作欣二が監督した映画が作られている。
 京マチ子の黒蜥蜴には、三輪明宏のような退廃的な妖しさは無いが、この作品のテイストに合った明るい妖しさがある。

 冒頭、暗闇の中からスポットライトで照らされた明智が現れ、観客に語り掛ける。さらに売店のオヤジと松吉に化けた2人の明智も登場し、黒蜥蜴について語り出す。
 この始まり方からして、ちょっと普通じゃない作品の期待感を煽られる。

 そして、期待を裏切らない作品だということは、その直後に分かる。
 ムード歌謡テイストな黒蜥蜴のテーマソングが流れ始め、それに合わせてセクシー衣装の京マチ子がムチで床を叩き、ダンスを始めるのだ。さらに、その後ろでは下着姿の数名の男女が踊り、雨宮はトランペットを吹く。
 つまり、オープニングはミュージカルになっているのだ。

 本編に入った後も、愉快なシーンが続出する。
 いかにも変装ですという付けヒゲの雨宮は、いかにも人が入っていますと言わんばかりの不自然に大きなトランクに早苗を詰めてホテルを出る(1人で運べないようなトランクを持って旅行するわけがない)。

 ヒントも何も無いのに、いきなり名推理で犯行内容や犯人を当てて見せる明智。そんなに利口なのに、簡単に銃とホテルの鍵を盗まれる明智。自分のことを励ます時、「しっかりしろ、明智」ではなく「しっかりしろ、日本一」と言う明智。
 素敵な男だ。

 黒蜥蜴だって負けていない。
 彼女は手下が手柄を立てると、褒美と共に「青い亀」や「黄色いワニ」といったハチュウ類の称号を与えるのだ。
 その称号を、部下は喜んでいる。雨宮なんて、「いつになればハチュウ類の称号が貰えるでしょう」とか言ってる。素敵だ。

 唐突に画面に時計の文字盤が表示されたり、雨宮が隠れているソファーが盛り上がっていたり、ニヤニヤさせてくれる分かりやすい演出が続出。
 黒蜥蜴の部下に小人や顔の醜い猫背の老人がいるという辺りも、ニヤニヤさせてくれる。

 雨宮が早苗の部屋に現れた瞬間、部屋の照明がパッと赤くなる。岩瀬が大げさに喜怒哀楽を表現する背景に、宝石がキラキラ光るイメージ映像が現れる。ひな夫人が暗号の電話を掛けると、照明が紫や赤になる。
 なんてバカっぽくて素敵なんだろう。

 黒蜥蜴の部屋で、なぜかトランペットを持っている雨宮が唐突に演奏を始め、それに合わせて黒蜥蜴が明智のことを語り出すシーンなどもあったりする。
 そんな具合だから、黒蜥蜴と明智のロマンスでさえも、バカっぽい感じになっている。

 劇中、何度もテーマソングが何度も流れる。次第に、特異なワールドに染まって行く。「♪く~ろ~と~か~げ~、夕暮れの花。く~ろ~と~か~げ~、朝焼けの爪」という曲が、頭を回り始める。
 これは江戸川乱歩の世界ではない。井上梅次ワールドだ。
 そしてミュージカルシーンはオープニングだけでなく、本編に入ってからも登場する。

 黒蜥蜴がホテルから逃亡するシーンでは、再びテーマソングが流れる。警官は、曲に合わせてドアを蹴破ろうとする。黒蜥蜴は急いで逃げなきゃいけないはずなのに、向かいの部屋で着物から紳士の姿に着替える。そして廊下で踊りながら逃げて行く。
 つまり、逃亡のための着替えではなく、踊りやすいように着替えたってことだ。

ホテルから出た黒蜥蜴、カメラ目線で観客に話し掛ける。そして東京に場面が移ると、東京のテーマソングが流れる。
 岩瀬の屋敷を守る用心棒が、自分たちのテーマに合わせて歌い踊る。「こんなに呑気でいいのかねえ♪」と、ホントに呑気そうに歌う。

 家具店の店員に成り済ました黒蜥蜴の手下たちは、ステップを踏んで登場する。アジトでは、黒蜥蜴に褒美を貰った手下たちが嬉しそうに踊る。地下の美術館では、剥製になっているはずの連中が、音楽に合わせて踊り始めたりする。
 ダサダサ度数が非常に高い、乱歩作品とは全く別の意味でヘンテコリンな方向に走った怪作だ。

(観賞日:2004年1月7日)

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