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ロボットなんて大っ嫌い!

お嫌いですか、ロボットは?#53 働き方? いや、働かせ方改革? 働きやすい環境を

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜もお疲れのようですね。お身体は大丈夫ですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。ほら、先週も話した、例のセントレアの空港島で開催される展示会に出展するんで、その準備でおおわらわなんだ。どうも、地元の小学生が社会見学に来るらしくて、それをぽろっと部長に話したら大乗り気でさ。「未来のウチの社員になるかもしれん!」と、急遽あれこれ変更することになったんだ。「ウチのブースの前を通るかも」って、子ども向けのノベルティーグッズを増やしたりでさ。ただでさえ準備で忙しいのに、今どきの子どもが何に興味を示すかなんて分かんないから、子どもがいるウチの社員に声かけたりして。「着ぐるみでも着るか?」なんて、さっきまで大真面目に会議してきたところなんだ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「生ハムとチーズ、野菜のカルパッチョ」かぁ、洒落てるなぁ。野菜って何が入ってるの? そう言えばその展示会でも、野菜を収穫するロボットが出るって話でさぁ、オレも興味津々なんだよね。展示によっては、オレも工場ばかりじゃなくて、今後は農家を一件一件回って営業しなきゃならなくなるかもしれないからさぁ。そうなったら社用車の中に、安全靴やヘルメットじゃなくて、長靴とか麦わら帽子も用意しなきゃなぁ。また、ネット通販でポチッとしなきゃね。そうそうマスター知ってる? 最近はネット通販の物流センターでも、ようやくロボットが入り始めたんだってよ。オレが昔、営業に回った時は「遅い」だの「そんなおもちゃを相手にできるか!」なんて、評価は散々だったけど。ようやくそんな時代が来たんだよなぁ……………。


 機械商社から転職した直後だから、もう10年ほど前になるかなぁ。目ぼしい工場にはあらかた、マシニングセンタとか旋盤の横にロボットを入れて、「次の市場を見つけなきゃ」と考えてた時だった。

 オレたちSIerは、1つの業界でロボットを導入して評判を呼べば、あとは評判を聞いた別の会社からの依頼や、入れた会社が増設したいって希望を聞いてれば、しばらくは順調に受注が取れる。でも、それで満足しちゃうと、次の一手が遅れるんだ。

 だから、順調に受注が取れている時こそ、次に備えて、あれこれロボットの導入先を考えてるんだ。

 そんな時にふとひらめいたのが、物流センターだった。オレがまだ学生だったころ、医薬品の物流センターでバイトした事があるんだ。ベルトコンベヤーが流れ、ピッキングする商品の棚が光ってピッキングする商品を知らせ、右横に個数が表示される、当時としては最先端の物流センターだった。

 「今どきの物流センターはどうなってるんだろう?」と思って、当時の物流センターをのぞいてみたら、医薬品業界も各社が合従連衡を繰り返した後で看板の社名が変わり、センター自体も統廃合で閉鎖されていた。その後そのセンター跡地はドラッグストアに変わったから、皮肉なもんだよね。

 でさ、社名が変わった会社にコンタクトを取って、郊外に移転した物流センターを見せてもらったわけ。たしかに自動ラックとかベルトコンベヤーは最新の機器に変わって24時間稼働になってたけど、やってることは20年前のオレの学生時代と変わらなかった。

 で、翌週時間をもらって、センター長と本社の物流課長を前にロボットを導入した自動化のプレゼンをしたんだけど、さっぱり興味を示さなくてさ。けど、センター長のカバン持ちで付いてきた現場の係長だけは、興味を示してくれた。

 その係長はササキ君って言ったんだけど、そうそう思い出した、佐々木博係長だ。プレゼンの後、喫煙所で一服してたら佐々木係長が入って来てさ。佐々木家は家でロボット掃除機を使ってて、オレん家のとメーカーが同じだったのが分かって盛り上がったんだ。

 そこで佐々木係長は、「センター長は私が説得しますから、ぜひセンターでもプレゼンしてほしい」と頼まれた。「現場の人間さえ納得させれば、きっとうまくいくと思う」ってさ。「じゃあ」ってんで、当時の自動搬送車(AGV)とか、産業用の双腕ロボットのビデオを持ってセンターでプレゼンしたんだ。

 センターの若手連中は、結構いい反響だったんだ。「これで腰痛から解放される」とか「繁忙期の残業が少なくなる」とか。でも古株の社員からは総スカンだった。

 「そんなおもちゃみたいなのに任せられるか」とか「こんなノロい代車じゃいつ作業が終わるんだ」とか。「こんなのが床をはいずり回っちゃ邪魔でしょうがない」とかさ。結果からすればプレゼンは散々だった。 

 佐々木係長ら、若手は違った。「この場は却下されてもいい。でも必ずこうしたロボットが現場に導入される。こうしたロボットが現場に導入された時に、どうしたら使いこなせるか、今から考えなきゃ」と言ったんだ。周りの若手社員たちも、がっかりしてた。

 佐々木係長と喫煙所で盛り上がったロボット掃除機ってのは、充電してスイッチさえ入れればすぐに動くんだ。でもその前提として、ロボット掃除機が掃除しやすいよう、部屋の方を整えておかなきゃならない。

 テーブルのイスは、テーブルの上に上げておけば、テーブル下の床面はきれいになる。組立式のラックは、最下段をロボット掃除機の高さより高くしておけば、ラック下の床まできれいに掃除してくれる。床に敷いたラグなんかも、掃除する日は前もってソファーの上にでも移動しておけば、ラグにからまって止まったりすることなく、帰宅したころには部屋中をきれいに掃除してくれる。

 ロボット掃除機を自宅で使っていた佐々木係長は、それを何となく、実感して飲み込みが早かったんだろうね。便利に使うためには、何を変えなきゃならないか。何をしておけば、より便利になるのかって事を。

 まだコロナ禍が本格化する前だから、2年前の初めだったかな。大手ネット通販会社の部長から、オレ宛に連絡をもらったんだ。「一度会いたい」と。付き合いのない会社だけど、とりあえずご指名だから会いに行ったんだ。東京まで出向いて。
 
 そうしたら、出てきた部長ってのが佐々木博なんだ。元・医薬品会社の現場係長が、今や取締役物流本部長だよ。

 合従連衡を繰り返して、会社が大きくなる度にシステムや仕事の進め方で混乱する医薬品メーカーに愛想を尽かし、物流業務のスキルを持ってネット通販会社に転じたらしい。ネット通販会社も買収に買収を重ねて急成長したんだけど、何よりネット企業は意思疎通と決断が早い。「こうだ!」と決めたら一気にそのやり方で進む。多少不具合があっても、修正して前に進む。システムに障害があっても、アップデートして進める。そんなやり方が、肌に合ったんだろうね。

 佐々木取締役物流本部長様の依頼はこうだ。通販サイトで扱う商品を、1つでも多く自動化したい。物流センターからは、可能な限り人の手作業を少なくしたい。重い荷物は持たなくて済むようにしたい。人が運ぶのは、女性や老人でも持てる1kgまで、と。だって、センターで働く人だって、家に帰れば通販サイトの客になるんだからってね。

 SIerとしていろいろ提案したら「とにかくやってみて下さい。働く人が一番ラクな仕組みを採用する」と明言してくれた。

 1月から試験稼働した物流センターは、1台のAGVでは運べない荷物は2台で運ぶようにした。メーカーから納品された商品は、あらかじめ設定した場所に置くと、天井にあるカメラが荷物の大きさを認識する。その情報をもとに、1台、もしくは2台のAGVが自動で荷物を取りに行き、2台の場合は両側からはさみこむ形で荷物を運ぶ。

 AGVは作業員がサポートしなくても、さまざまな大きさの荷物を運べるし、走行ルートも自由に設定できる。人混みを感知して、安全なルートを走行する仕組みだ。

 ロボットの導入計画は、コロナ禍で大幅に前倒しされた。外出の自粛や在宅勤務が増えて、ネット通販の荷物が急増したんだ。その一方で、荷物を扱う物流業界は、人材確保や長時間労働の解消が課題となっていたからだ。

 10年前と今では、画像やカメラ、遠隔操作などの技術が急速に発達した。新製品が出る度に家のロボット掃除機を最新機種に変えてきた佐々木本部長は、それが分かっていたんだ。ロボット技術の発展を、自社の物流センターで実際に検証したかったんだろうね。試験稼働も3カ月が過ぎたんで、そろそろ本格稼働するころじゃないかな。

 

――きっかけはロボット掃除機だったんですね。ウチも買いましたよ。ただ、壊れてからは修理も買い直しもせず、今じゃリビングの置き物ですけど。たしかに、ロボットが掃除しやすいよう、環境を整えるのが大事だったのかもしれません。夜中に帰宅すると、カーペットにからみついたまま止まっていたことが何度もありましたから。今じゃ、フローリングを水拭きしたり、吸い取ったホコリを自動で捨てたりと、ロボット掃除機も随分と進化して便利になったみたいですね。結構いいお値段がするみたいですけど、たにがわさんの話を聞いてるうちに、こんどはウチも最新式を導入してみようかと思いましたよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。(2022年5月20日(金)にウェブマガジン『ロボットダイジェスト』に掲載されたものです)本家の掲載『お嫌いですか、ロボットは?』がなぜか読めなくなり、問い合わせが多かったので、一時的にこちらで掲載します。本家での掲載が復活したら、こちらでの掲載は破棄します。悪しからず。

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