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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#79 眠る猫……(下)

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜もお疲れのようですね。
 いや、そうじゃないんだよマスター。今週もオフィスでの事務仕事が続いて大変だったんだよ。会社の半期の締めで、一日中パソコンとにらめっこ。もう目がショボショボだよぉ。そもそも、こういう事務仕事が苦手で営業マンをやってきたのにさ。エクセルだってワードだって、いつの間にかものすごく進化してて、機能がいっぱいついてて分かんないんだよ。営業のマミちゃんが助けてくれてあれこれやってくれたんだけどさ。オレが電卓で一週間かけて計算して入力した数字を、5分もかけないうちにずらっと並べたんだよ。四角い枠の中をプチプチやって、あれこれ数値を入れたら一瞬だよ。やんなっちゃうよねぇ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「冬瓜の鶏ひき肉あんかけ」かぁ、へぇー! トウガンって、こんな食感なのに夏の野菜なんだよね。子どものころによく、冬に母親が「冬瓜汁」を作ってくれてたんで、トウガンが夏の野菜だなんて、オトナになるまで知らなかったよ。そうそう、知らなかったといえば、先々週と先週に話した蛾(ガ)なんかの害虫も、効くレーザー光線と効かないレーザー光線があるんだよ。ま、正確には効きにくいレーザー光線なんだけどさ。まぁ、だけど、虫の急所を探すってのも、楽しいというか、大変というか。まぁ、最終的にはヒトの、いや人類の役に立つことになったんだよなぁ……。


 農学研究者、大学の農学部で万年准教授、四半世紀も准教授のままだった飯山センセーから、ガの急所を探してる。なんかいい方法はないか?と聞かれて、ガの事や撃退法など、オレもいろいろ調べてみたんだ。ガの事は、実のところよくわからなかったしあまり興味もないから専門家の飯山センセ―に任せるとして、レーザーについては、神戸のレーザー研究所の所長に頼ることにした。

 所長に聞くと、レーザーを使った病害虫の駆除には先例があって、アフリカでマラリアを媒介する蚊をレーザーで撃ち落とすシステムが使われたことがあって、海外ではニュースとして取り上げられたぐらい有名な話だってことも分かった。

 どうも仕組みはこうだったらしい。畑の外周と上部にセンサーを張り巡らせて、感知したものに対してレーザーをあてる。まあ、簡単な警備警報システムにレーザー射出機を組み合わせたような、仕組みとしては簡単なものだったみたい。アフリカみたいに広大な土地にある畑で使うにはいいけど、日本みたいに畑のすぐ横に民家や住宅地が広がるってな状況だと、安全性を考えればあまり実現性はないよね。だからまず、飯山センセー自身に考えてもらった。どうやってガにレーザー光線を当てるか?

 しばらく飯山センセーに考えてもらった。センセ―からの答えは「花を追いかけるセンサーカメラを用意して、花に近づいたガを狙い撃ちする」だった。たしかにこれなら、花の斜め上からレーザーを当てる形になり、田畑の外にレーザー光線が飛ぶ可能性は少ない。田畑の外周に、レーザー光線を通過させないような外壁を立ててもいい。

 次に、こんどは飯山センセーから相談された「ガの急所を探し」。センセ―に大量のガを用意してもらい、花を追いかけるセンサーカメラの近くで放ってもらった。ガって、病害虫としては大きなサイズだってことが分かった。カやアブラムシなら、センサーに反応次第にレーザ-を一発放てば全身に照射されて駆除できる。これがサイズが大きいガになると、羽や胴体の一部が損傷するだけで撃ち落とせない。

 そこでセンサーカメラを調整してカオ、つまりアタマや羽、触角、胸部、お尻など、7、8カ所に狙いを定められるようにして、いろんな状況を想定した実験を繰り返した。それで分かったのは

 「カオや胸部にレーザー光を当てるとほぼ1発で仕留められる。距離は最大で3mぐらいまで対応可能」という内容。
 ついでに、ガには赤や緑のレーザー光線より、青色のレーザーの方ががぜん効果的だってことも。ガの体の色との相性がいいらしいんだ。
 
 実験は研究成果としてまとめられ、なんど政府のプロジェクトの一部として採用されたんだ。例の神戸のレーザー研究所の所長が前のめりになったのも大きかったらしい。ガの行動性向を研究してきた飯山センセーは、さらにガの飛行予測まで加えて性能を高めていったんだ。おれは、センサーカメラを乗っけた機器の本体を移動式にして、田畑を移動できるようにしたり、対応できる農作物を増やしていった。将来はロボットに搭載したり、ドローンに取り付けて農業ハウスの中を飛ばしたり出来たらなぁと考えてる。

 そうそう、今年の2月だったかな、久しぶりに飯山センセーから「遂に万年准教授か卒業できました」ってメールが来てたよ。政府のプロジェクトに採用されたことで知名度が上がって、企業との連携や研究費の補助が出たことが学内で評価されたらしい。

 オレはどうかって? 関心ないね。ただの協力者だもん。展示会に出展したけど、誰も関心を寄せられなかった高価なセンサーカメラを買ってもらったし、ロボットやドローンとか、今後も付き合いが長くなりそうだしね。これでいいのさ。


――格好いいこと言いますね、たにがわさん。どこか誇らしげにも聞こえましたけど。それにしても、最近の大学もいい意味で自由競争とか、市場主義になってきたようですね。寄付や研究費をいくら集められたかで、役職や肩書が変わるんですね。大学の先生も研究テーマだけでなく、どうやったら関心を引き付けられるか、お金になるかまで考えなきゃならない時代なんですね。まだまだ話は尽きないようですね。今夜もとことん、お付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。


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