見出し画像

お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#98 夢物語? それとも夢のない話?

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜もお疲れのようすですね。先週は祝日も出勤されてましたけど、大丈夫ですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。なんたってオレは、れっきとした「昭和のオトコ」だからね。サラリーマンになったのは平成に変わってからだけど、当時は「24時間戦えますか?」なんてCMが当たり前のように流れてた時代だから、休日だろうが、盆暮れ正月だろうが、仕事があれば、駆けつけるのが当たり前の時代だったんだ。まぁ、「働き方改革」が当たり前の現代では、全く見向きもされない当たり前なんだけどね。仕事帰りに酒を飲むってのも、働き方改革世代じゃ、全く理解されないだろうしねぇ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「かぼちゃ入りカレー鍋」ってマスター、これはどこの料理なの? 和風でも洋風でも、インドっぽくもないし。スーパーに行けば入口にかぼちゃが山積みになってるけど、一人じゃ食べきれないから手が伸びなくてね。手が伸びる、手が届くといえばそうそう、オレの守備範囲じゃないからぜんぜん知らなかったんだけど、最近は土木工事の現場にもロボットが出ているらしくてね。この前、秋田で見せてもらったんだ。あれはすごいわ。SIerのオレが言うのもなんだけど、ロボットの考え方がすっかり変わった。それぐらい圧倒されたんだよなぁ……。


 マスターは、秋田って行ったことある? オレも仕事柄、出張で日本全国の都道府県を回った気でいたんだけど、冷静に考えると南から沖縄、鹿児島、山形、秋田、岩手、青森は、まだ足を踏み入れたことがなかったんだ。大手ゼネコン勤めの古い友達が「お前、ロボットの専門家なんだろ、面白いもの見せてやるよ、ってんで行ってきたわさ。はるばる秋田まで。


 秋田市の県庁からはるばる100km、秋田の南の方、岩手と宮城の県境近くに東成瀬村ってのがあって、そこででっかいダムを作ってるんだわ。山の斜面を切り崩して、その後ににでっかい堤防を作るんだけど。いないのさ、現場に人っ子一人。

 普通の国道は走れないような、海外の採掘場で走り回るようなでっかいダンプトラックが何台も走り回っていて、3台のブルドーザーが休むことなく動いてるんだけど、ダンプにもブルドーザーにもいないのさ人が。無人で黙々と動いているわけ。

 ゼネコン勤めのその古い友達が、試しにダンプの前に飛び出すと、ピタリと止まる。ブルドーザーに近づくだけで、動きを止める。離れると、何事もなかったかのように、また仕事を再開するんだ。

 作業の流れはさ。ダムの右岸に設置した3基のベルトコンベアがホッパー、でかい計量カップみたいなやつで一定量の土を自動ダンプに積込むと、自動ダンプは自動ブルドーザーが作業している場所までバックで進むんだ。500~600mmぐらいあるかな。

 バックで、ってのがミソで、誰もいない場所だし、自動運転だから、わざわざ切り返して前を向く必要がないんだ。切り返す時間がもったいないしね。

 で、ブルドーザーの場所まで土を運ぶわね。そこで荷台を傾けて土を降ろす。降ろした後は、そのまま前進してホッパーのところまで自動で戻っていく。荷降ろし場所の位置精度は±50センチ、まぁ、こんなもんでいいんだろうね。

 こんどは土を置かれたブルドーザーがさ、±数センチの誤差で表面を均等に慣らしていくんだ。後工程で、ここにコンクリートを打つからさ。その土を、自動振動ローラーっていうクルマが慣らしていくんだ。空港の滑走路みたいにまっ平なんだ。すごいだろ。

 もっとすごいのはさ。これら14台のロボットを、少し離れたプレハブの中で、たった3人で監視してるんだ。2交代で計6人。たった6人で現場を回してダムを作ってるんだ。6人は空調の効いた部屋で、ロボットの動きを事故がないように監視しているだけ。これから寒くなって雪も降るけど、オフィスでモニター画面を見ていればいいんだよ。極論すれば、秋田市内のオフィスビルでもいい。秋田じゃなくて、都心のオフィスビルでもやれる仕事なんだよ。すっごいだろ。

――どんな仕事も、ロボットに任せられる時代なんですね。私のような仕事もロボットに任せて、自宅からウェブで接客して…、なんて考え始めたら、なんだか夢のような話にも、夢のないような話にもなってしまいますね。たにがわさんは、そんな店に通ってくれますかねぇ。まだまだ話は尽きないようですね。今夜もとことん、お付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

よろしければ、ぜひサポートを。今後の励みになります。