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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#74 運ぶからこそ価値を生む(下)

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜もお疲れのようすですね。明日からの連休は、どこか出かけられるんですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。ほら、一応はオレ、外資の会社に勤めてるじゃない。そうするとさ、日本のカレンダーだけでは休めないんだよ。まぁ、そうは言っても、子どもがいるような日本人社員はカレンダーに合わせて有給休暇を取ったりしてるんだけどね。アジアのスタッフは、熱心なのか嫌がらせなのか、日本の休日に限って電話したり、大事なメールを送ったりしてくるんで困っちゃうよ。そのくせ、現地の休みを主張するから、春節だと言って平気で2週間ぐらい休むんだよね。2週間って、半月だよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「さやえんどうの塩バターソテー」かぁ。これって和食なの、それとも洋食? ま、いいか。それちょうだい。若いころはさやえんどうなんて料理の添え物ぐらいにしか思わなかったけど、この歳になってくるとさ、さっと塩ゆでしただけのものでもほんのり甘く、おいしく感じるんだよね。それにサカナでもあれば、ポン酒がいくらでも飲めちゃう。ゼータクな感じがするんだよねぇ。そうそう、マスターが使っているのかどうか知らないけど、最近は旬の食材が定期的に届くサービスが流行ってるんだってね。採った翌日には宅配便で自宅に届くっていうから、便利な世の中だよねぇ。考えてみれば、こうしたサービスも、すべて物流が整っているってのが前提なんだよなぁ……。


 先週さぁマスター、物流の「2024年問題」って話をしたの覚えてる? 3年前だったか4年前だっけなぁ、たしか「コロナ、コロナ」って騒が始めて、豪華客船に感染者ががいるとかどうってマスコミが騒いでたころだった。

 マスターが見たことあるか、関心があるかどうか知らないけど、ここ10年ぐらいかなぁ、大都市郊外の幹線道路添いに、見慣れないアルファベットやカタカナの名前が書かれた倉庫が増えたんだ。日通とか佐川ではなく、ましてや財閥系でもない外資系の物流会社なんだよね。

 外資系で、とにかく作る倉庫の規模がでかいんだ。少なくとも日系企業がこれまで作ってきた倉庫の倍以上、4倍とか、へたすりゃ5倍以上も床面積があるんだ。大型トラックやコンテナを乗せたトレーラ-が、あたかも乗用車でショッピングセンターの立体駐車場に入るような感じで2階、3階へと昇っていく。つまり、倉庫の2階や3階にも、大型トラックが荷下ろしできるスペースや設備があるってことなんだ。これって、各階の床の耐荷重を考えたらとんでもないことで、それだけ金がかかっているってことでもある。

 その倉庫は、オフィスビルみたいにいくつかテナントが入っていて、オレが呼ばれたのもそのテナントの一つで、アパレル系の通販会社だった。客から注文が入ると、物流センターに保管した商品棚からピックアップして、客ごとに箱に詰め合わせ、配送ルートに乗せるって流れだった。

 その通販会社の部長から、例のごとく「物流業務を効率化して配送コストを下げたい」って依頼だった。その部長は、今ニュースになって騒がれている2024年問題も意識してて、早めに手を打って対策を取りたいって事だった。その部長はいわゆる「意識高い系」の人で、地球環境や労働問題にも気を配っていた。

 米国のアマゾンとかで、たとえばUSBメモリーを1つ買っても、コピー機で使うA4用紙500枚入りの包みより大きな箱に入ってくるじゃない。そんなムダが、意識高い系の部長は許せなかった。「モノに合った包装こそ合理的だ」って。部長の要望や意見を聞き、会社に持ち帰って検討することにした。

 オレも昔は、家で本も読んだし、たまにアマゾンも利用してきた。中年になって老眼がひどくて本を買う回数も少なくなったから、配送料が安くなって、翌日配送が可能だとする何とか会員もやめてしまってた。部長の件があってから久々に、アマゾンで注文してみた。たしかに、本2冊にしちゃ、ずいぶんと余裕のある箱に入れて運ばれてきた。箱をしげしげと眺めながら、いろいろ案を練り、シミュレーションしてみた。

 で、どんな提案をしたって? オレが部長に提案したのは、3種類の箱に統一するってこと。部長は最初、見るからにいやーな顔してたよ。「俺の話を聞いてなかったのか!」って、今にも怒鳴りそうだった。

 でもね、箱を3種類にすることで、ピッキングや輸送コストは30%以上も向上するんだ。輸送コストの削減効果は明らかで、配送先の距離だけで運賃が決まるから、複雑な計算はいらない。ピッキングにしても、箱によって入れられる品物の容量は決まっているから、物流センターで働く人も、歩合給の計算がしやすい。それだけで、働くモチベーションも変わるんだ。これまで歩合給は、ピッキングリストの行数に応じた複雑な計算式があったんだけど、難行こなしたかなんて、作業してる身には分からないよね。サイズごとにいくつこなしたかで、その日の歩合が分かるし、管理する方も成果が見えやすい。

 で、環境問題なんだけど、そもそも段ボールって、リサイクルされた古紙を原料に作ってるんだ。都心に住んでると分からないだろうけど、最近じゃ住宅街の月ぎめ駐車場の一角にコンテナが置いてあって、24時間いつでも捨てられる場所が増えた。古紙から作られた段ボールを、さらに古紙にリサイクルできるんだ。あとは、捨てる人の考え方ひとつだよ。可燃ごみとして捨てようが、古紙としてリサイクルに回そうが、それはその人個人の考え方ひとつなんだよ。もちろんオレは、ちゃんと家の近くのコンテナに捨てたよ。コンビニで缶ビールを買いに行くついでにね。


――たしかに、考え方は人それぞれですよね。われわれ飲食業界でも以前、割り箸を使うか共用の箸を用意するか、マイ箸を勧めるか、環境や資源の問題と共に話題になったことがあります。「そもそも割りばしは間伐材から作るから無駄にしない」とか「外国の山をハゲ山にする」とか意見が割れました。結論がどうだったのか知りませんけど、落ち着くところに落ち着いたようですし。明日はお休みですよね。今夜もとことん、お付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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