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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#69 一気通貫は難しい? なせばなる、なさねばらならぬ何事も(下)

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜もお疲れのようですね。キャリーバックを引いていらっしゃるということは、またどこかにご出張だったんですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。先週の台湾での展示会のあと、現地で会ったいくつかの日本の客先から「あの件だけど……」なんて言われちゃったもんだからさ。取りも直さず、神戸に行った後に、そのまま東京に出張してきたんだよ。神戸と言っても西神だし、東京と言っても厚木なんだけどね。意外に遠くて往生こいいたわさ。さすがに疲れてさ、帰りの新幹線で缶ビール開けたらすっかり眠っちゃって、もう少しで乗り過ごすところだったよ。


――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「つくしの卵とじ」かぁ。へぇー、いよいよ春だねぇ。そういえば先週末に家の近所を自転車でぶらついていたら、川の土手でしゃがみ込んでいる人が多かったんで、何してるんだろうと思って見たら、ツクシを採ってる人がたくさんいたよ。袴を取ってアクを取るのがめんどくさいからオレは採らなかったけど。歳のせいか、店のメニューでこうした料理を見かけると、無性に食べたくなるんだよねぇ。若いころは、別にどうとも思わなかったのにさぁ。若いと言えば、先週話した氷川食品のアツシ君の件だったね。若いのに、おじさんたちを納得させるのはうまかったよなぁ……。

 名古屋の荒子川公園の近くにある、総菜メーカー・氷川食品の件だったよねぇ。氷川社長からは「ウチは食品メーカーです」と、いちいち念を押されるけど。オレの中では今でもむかしの総菜屋のままさ。氷川社長の元で、目をキラキラと輝かせて働いていた、学校を出てまだ2、3年目だった若者がアツシ君だった。オレが社長と話していると、缶コーヒー片手に近寄ってきて、面白そうに話を聞いてたやつだ。急速に知識を蓄えていたところみたいで、熱心に質問されると、話しているこちらの方が気持ちよくなった。

 で、そのアツシ君が、仕事の効率化と省人化を目指して、現場にロボットを導入するのを社長から任されたんだ。パートやアルバイトを募集しようったって、近くのショッピングセンターやディスカウントスーパーに持っていかれて、これまで通りに人が集められなくなったからなんだ。時給は氷川食品の方が高いのに、町工場は今も「キツイ」「汚い「危険」の3Kのイメージが強いみたいでさぁ。そりゃそうだよなぁ、最近では「新3K」とか言われて、デスクワークの仕事でも、「きつい」「厳しい」「帰れない」とか「給料が安い」とか、あれこれ言われる時代だしね。

 それで、学生時代の友達や先生とか、社内外の人を巻き込んで、あれこれ考えたアイデアというのが、協働ロボットにロボットハンドを取り付けた惣菜の盛り付けロボットだった。アイデアそのものは、シンプルで導入事例も多いから、初めてロボットを入れるにはとてもいいものだった。でも、ベテランの工場長が頑として首をタテに振らない。「ロボットが入った工場には、社員は一人も入れさせない。俺の工場では絶対に労災は出さない」って。

 アツシ君に相談されて、オレも唖然としたよ。さすがにここはオレの出番だなと思って、その工場長に会いに行った。工場長には、昔の産業用ロボットと違って、今の協働ロボットは安全柵がいらないし、万が一協働ロボットとぶつかる事になっても、ロボットが止まる仕組みだし、本体が柔らかいカバーで覆われているものもあるんです、って何度も説明したさ。ちゃんとメーカーから取り寄せた、紙のカタログを広げてさ。タブレット端末で、同じようなロボットを導入したほかの現場の動画を見せたりしてね。

 でも、工場長は頑として首をタテに振らない。聞けばむかし、工場長の弟が、働いていた町工場でプレス機に手を挟まれてね。右手の親指と人差し指、中指の3本を失ってね。切られて失うのではなく、爆発して失うのでもなく、くつぶされて失うっていうのが、ヒトにとって言葉にならないほどの一番強烈な痛みを伴うものらしい。それ以来、氷川食品で工場長に昇格してから「一人の労災も出さない。安全が最優先」というのを徹底した。工場長のその心意気を、氷川社長も高く買っていたんだ。

 もうこれは、いいとか悪いとかの話じゃない。理屈でどうにかなる話でもないんだ。工場長を納得させるには、氷川社長が工場長を降格させるか、辞めさせるか以外に方法はない。社長が独断専行で導入すれば、工場長は「責任が持てないから」と辞めてしまうだろうしね。

 で、アツシ君とオレはどうしたかって? 工場長には、工場の中にロボットを導入することだけは納得してもらった。ロボットを入れた一角は、従業員との導線を全く別にすることを条件にね。それで、協働ロボットが働くエリアを、安全柵で囲うことにした。ロボットが働くエリア内で不具合があった時は、そのエリア全体の電源を遮断して、複数の人間が確認しながら、一つ一つ電源を入れて、ロボットが急に動き出して、万が一の事態が起こらないようにした。

 協働ロボットは本来、囲いのない人と同じスペースで、人と協働できるのがウリだけど、それはやめた。囲いのあるスペースで、ロボット専用の作業をさせることにした。万が一協働ロボットやシステムに不具合が出たら、そのスペースからロボットを撤去して、他部署からの応援部隊の手作業で対処する仕組みにしたんだ。

 まぁ、オレたちSIerや技術者のアツシ君、ましてやロボットメーカーの人間からしたら、とても納得できるようなシステムじゃないけど、少なくとも本来の目的だった「仕事の効率化と省人化」は達成できたんだ。一気通貫とはいかないまでも、それで手を打つしかないわなぁ。工場長には、実際の現場での稼働状況を見てもらいながら、とことん納得してもらうしかないんだよねぇ。アツシ君も「うれしい」って涙流して喜んでたよ。

――いわゆる、急がば回れ、なんでしょうねぇ。逆にたにがわさん、若いアツシ君をよく納得させられましたねぇ。柵がいらないのがウリのロボットに、わざわざ柵で囲うなんて。血気盛んな技術者なんでしょうに。今の若い人は、そうしたオトナの事情に対して寛大で理解を示す、結果オーライの考え方なのかもしれませんね。お代わりをお出ししましょうか? お付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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