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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#119 職人技も進化しなきゃね

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? すでに赤ら顔で、今夜もどこかの集まりの帰りですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。今の時期は業界団体の総会シーズンでさ。オレも役員や委員になってるのがあるから、行ってきたんだよ。総会は儀式めいて、一応は議事進行が決まってて、議長は事務方が決めた通りに議事を進めて採決を取って、何もなければシャンシャンで終了。まぁだいたいがシャンシャンで終わるんだけどね。一応ホレ、あまりにもシャンシャンじゃつまらないから、議長も気を遣って、出席者から意見を聞き出すふりをしたり、出席する委員の側も、当たり障りのない意見表明をしたりの、お互いの役目を演じる場面もあるんだけどさ。団体の長(おさ)の改選期でも、大体は総会前に事前に決まっているから、間違っても荒れたり、紛糾することはないんだよ。閉会後は別室に一席用意してあって、儀式を無事終わらせたことの慰労会があるんだ。これは事務方を含めた、全員の慰労ね。その慰労会で話される内容の方が、総会で話された内容なんかよりもずっと中身も濃いんだよねぇ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「行者にんにくの浅漬け」かぁ。いいね、それもらうわ。どれどれ、ほうほう、しょうゆ漬けじゃなく、浅漬けなのがいいね。しゃきしゃきしてて香りもいい。旬の野菜をどう調理するかってところがマスターのセンスだよねぇ。センスと言えばそうそう、オレたちの仕事も、結構センスを試される場面ってのがある。でもいつまでそれが通用するのかねぇ……。


 オレたちSIerが扱うロボットってのは、とにかく指示が大事なんだよ。ちゃんと指示さえすれば、ロボットは延々と、指示された作業を繰り返す。文句も言わずに黙々と、せっせせっせと作業を続けるんだ。しかも間違えたりしないしね。

 これが人間だったら大変だよ。疲れた~、腰が痛い~、目がショボショボする~なんて言い出すし、単純作業だと、周りの人と話しながら作業するから手順を間違えたり、不良品を出したりする。昼休みに加えて、午前と午後の一回づつは、最低減の休みも入れなきゃならん。ロボットなら、この休憩時間だって要らないし、24時間、365日続けさせても何の問題もないんだけどね。

 逆に、ロボットは同じ動作を延々と繰り返すことはできても、臨機応変な対応は難しいんだ。たとえば、持ち上げる箱の大きさひとつにしたって、教えたサイズの箱なら大丈夫だけど、今日はサイズが違う別の箱を持ち上げてくれ、と言ったところで作業してはくれない。ちゃんと指示、つまりオレたちのいうところのティ-チングをしてやらないといけないんだ。人間なら、今日はこの箱を使って、と一言で済むんだけど。

 こういったところで、オレたちSIerのセンスが問われるわけ。つまり、この作業のティーチングを頼まれたときに、箱が変わることもあるよなとか、作業の順番や手順が変わることもあるよなとか、事前に想定できることは、あらかじめオプションとして教えておくんだよ。この想定ができるか否かが、SIerのウデの見せ所でもあるわけ。

 でも最近は、このセンスの発揮どころが少なくなってきたんだ。ロボットそのものが、どんどん賢くなってきたからなんだ。ロボットも最近は、知能化が進んだんだ。知能化って言うと難しいんだけど、要するに、ロボット自体が自分で考えるんだ。

 最近はロボットに付いてくるコントローラーって、小さな箱形の装置があって、このコントローラーが人間の脳みたいなものなんだ。これを使うとロボットが最適な動きを自律的に考えて作業するようになるんだ。オレたちSIerがあらかじめ教え込まなくてもね。

 このコントローラーは、ロボットに考えさせるソフトウェアが搭載されていて、ロボット本体に組み込まれたセンサー類を使ったセンシングを駆使してロボットが自分で考えるんだ。

 もうちょっと分かりやすく言うと、3Dビジョンカメラで物体の位置や姿勢、さらに周辺の環境を正確に立体で認識する。その上でロボット自身が最適な動作や動く経路を計算し、ロボット自身が動作を考えるんだ。クルマの自動運転と似ているんだけど、モーションプランニングと言って、危険物があれば勝手に避けてくれるんだ。ロボットの、最初と最後の行動や姿勢を指示しておけば、あとは状況に応じてロボットが自分で考えて作業してくれるんだよ。

 今のは一台のロボットのたとえ話だけど、これがたとえば工場や倉庫にある、複数のロボットが動いている場面をを想像してほしいんだ。アームで商品を取って箱の中に入れるロボットや、その箱を運ぶロボット、運ばれた箱をパレットやカゴに積み上げるロボット……などなど。

 それら一つひとつを知能化のソフトウェアで制御すると考えれば、生産や物流の現場で、全体の作業がスムーズに進むように、すべてのロボットや自動化機器をひとつにまとめられる、統合できるってこと。つまり、ロボットを入れるだけで、ロボット同士がそれぞれ考えて、しかも考えをまとめて現場ごとまるごと効率よく自動化できるってことなんだ。

 そうすると、突き詰めるとオレたちのセンスどころか、へたすりゃオレたちの仕事が丸ごとなくなっちゃうってことなんだよ。少し飛躍すると、今じゃIT機器も進化したから、生産や物流の現場で今何が起きているのか、情報はリアルタイムで分かっちゃうし、現場にいなくてもリモートで確認できちゃうってことだし。何だかいろいろ考えさせられちゃうよ。

――たしかに。私にはちょっと難しい話でしたけど、順を追ってイメージしていくと、何となく全体像が見えてきました。ということは、職人のたにがわさんは、また別の側面で職人技を発揮しなければなりませんね。ロボットの業界がどんどん進化していくと、職人もさらに進化してかなきゃならないんで、厳しい世界ですね。まだまだ時間も早いですから、今夜もとことんお付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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