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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#106 最古のものづくり(下)

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? ご無沙汰してごめんね。いやぁ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜はコートもなしですか。昨日は関東で春一番が吹いたそうですが、さすがに今日は風が冷たくて寒かったでしょうに。

 いや、そうじゃないんだよマスター。今朝は客先にクルマで直行したんで、出かける前にあれこれ荷物をクルマに積み込むうちに汗ばんできてさ。まぁ、どっちみち車内はエアコンがかかってるからって、コートを持たずにそのまま出かけたんだよ。昼間は良かったんだけど、会社に戻って陽が落ちたら急に寒くなって参ったよ。せっかく体調も良くなったのに。日中は暖かいと言ったって、まだ2月の中旬だからねぇ。マフラーか何か、持って出てくりゃよかったよぉ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「菜花のお浸し」かぁ。前回来た時の春菊といい、すっかり割烹だねぇ。へぇ、ほんのり苦くてどこか甘みも感じるねぇ。ところでナバナって、今ごろが旬なの? てっきり夏の暑いさなかの野菜だと思ってたよ。暑いといえばそうそう、この前は鋳物工場の話を途中までしてたんだったね。この前と言ってもひと月ほど前の話になるけど。最古のものづくりってね。いやぁ、工場の中は夏の暑さなんてもんじゃなく、文字通り熱いんだよ。何せ、ノドの内側がやけどするぐらいなんだよなぁ……。


 この前も言ったけど、鋳物工場の中ってとにかく暑いんだよ。そりゃあそうだよね。目の前の溶解炉から真っ赤に溶けて液状になった鉄が出てくるんだからさ。子どものころ、夏にキャンプファイヤーってやったじゃない。似てるけど、暑さはあんなもんの比じゃないんだ。

 やけどしないようにって、ただでさえ暑いのに、消防隊員が着るような防御服まで着てさ。まあ丈夫などてら、みたいなのを上下着てるんだ。ヘルメットや防御マスクまで着けて、足はくるぶしまでの安全靴履いてさ。暑くて防御マスクを外そうものなら、ノドの内側がやけどするぐらいなんだ。

 鋳型から中身を取り出す時は、穴の上に金網を張った場所で、でかい掃除機のようなもので砂を吸引しながら取り出すんだけど、それでも鋳型に詰めた砂が舞い上がるんだ。大汗かいてるうえに大量の砂が舞う場所にいるから、首元や手首、上着とズボンの間とか、防御マスクが覆っていない首筋とか、肌が露出したところは全部まっくろ。

 3年前だったかな、タイの鋳物工場を視察したんだけど、設備はできたばかりで真新しく、冷房もガンガン効いていたけど、やってることは昔と変わらなかった。日本から海外に出て、台湾や韓国からその後は中国に移転した。どの国でも環境問題が取りざたされて、鋳物工場での働き手が少なくなるからなんだ。

 今はタイやベトナムなんかに移転したけど、あと何年かすれば、また次の貧しい新興国に移転せざるを得なくなるんだろうね。今後もどんどん遠い国への移転を余儀なくされるんだ。

 
 でね、タイの鋳物工場を視察した時に思ったんだよ。ヒトがやりたくない仕事なら、ロボットにやらせりゃいいじゃん、ってさ。

 でもさ、最近は自動車が電気自動車(EV)にシフトするってんで、これまでのエンジンとか、トランスミッション用の部品は少なくなっていく流れにあるらしい。

 最初に取り組んだのは、エンジンからの排気を送り出すパイプ部品の取り出し作業にした。エンジン部品のパイプは、吸気系部品は樹脂がほとんどだけど、排気系は高温だから金属部品なんだ。鋳型から人の手で取り出してた作業をロボットで取り出すことことで、スピードアップと省人化を図った。

 次はバリ取り。これまでは鋳型から取り出した部品を職人が取り出し、バリ取り機に投入していた。これをロボットで取り出し、無人でバリ取り装置に投入し、その後の検査工程まで自動化して出荷を待つ状態にした。な~んて書くと、へぇそれだけのこと? って言われちゃうんだけど、これが結構重くて重労働で大変な作業なんだよ。

 その後もあれこれロボットを入れた自動化を進めていったんだけど、鋳物工場の工場長は驚いてたよ。いろんな業界でロボットを入れた自動化がもてはやされたけど、そもそもSIer自身が鋳物業界を知らないし、興味もない。まぁ、オレもSIerだから分からなくもないんだけど、鋳物業界はロボットの市場としては小さいし、そこで取り入れたノウハウの他業種への汎用性も乏しい。SIerからしたら、本気で取り組みたい案件じゃないんだね。

 オレが自動化したのは鳥取県の鋳物工場だけど、今年は愛知の三河で新工場を立てるんだってさ。トヨタのおひざ元だよ。そこで、鋳物工場向けのロボットの操作も学べる施設を構えるんだよ。社員にロボットを勉強してもらいながら、自分たちでシステム化できるようにして、新規の受注も取り込むんだってさ。まぁきっと、既に勝算はあるんだろうね。放っておいたらそのうち「わが社は新手のSIerです!」なんて言われそうでね。オレもうかうかしてられないよ。

――日本最古のものづくり業が、最新のものづくり業に転換するんですかね? いつの時代になっても、そうして新しいことにチャレンジするのは大変なことですし、逆に働く人にはやりがいもあるでしょうね。たにがわさんも、そんな手伝いが出来て良かったじゃないでしすか。まだまだ話は尽きないようですね。とことんお付き合いします。今夜もゆっくりお聞きしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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