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ロボットなんて大っ嫌い!

お嫌いですか、ロボットは?#13 エビでタイを……

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週も疲れたわ。

――おや? 今夜は真っ赤なネクタイですか。白いシャツに映えて粋ですね。
 そうなんだよ、立春も過ぎて今日は旧暦の元日。本来なら今日からが新年なんだ。スーツは無理だけど、シャツとネクタイはおろし立て。去年はコロナで大変だったから、せいぜい気分だけでも切り替えたくてね。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。え~っと、今夜のおすすめは「桜えびと水菜のオイルパスタ」か。へぇ、しゃれてるねぇ。桜エビは初物かな。エビと言えば思い出すよ。塚口のうどん屋の件を。これこそまさに、エビでタイを釣った話だったなぁ……………。


 大阪と神戸の間には、北、つまり山側から南の海側まで、阪急、JR、そして阪神の3本の鉄道が平行に走っている。大阪から尼崎、西宮、芦屋を通って神戸まで。山側と海側では環境が違うから、どの沿線に住んでいるかを聞けば、だいたい暮らしぶりが想像できる。

 臨海地帯あった工場が移転し、跡地にタワーマンションが建って一概に言えなくなったけど、20年ぐらい前までは暗黙の了解で、自らの暮らしぶりを笑いに変えられる強さや話術こそが、関西商人の強みの源泉でもある。

 阪急の塚口から武庫之荘といえば「“あの”アマ」、尼崎にあっても暮らしぶりがいいとされる地域で、塚口駅前には古くから「さんさんタウン」なんていうショッピングモールがあり、かつてはダイエーがメインテナントだったが、今は言うまでもなくイオンに変わった。

 イオンがまだダイエーだった10年前に、さんさんタウンの一角にうどん屋が開業した。ただのうどん屋ではない。日本初の産業用アーム型ロボット店長と副店長が調理をする「ろ~麺亭」だ。ロボットと麵をかけただけのベタな屋号だが、そのベタさが関西人の心をがっちりとらえた。西は姫路あたり、北は三田のあたりから、東は何と滋賀からも客が来た。

 うどんの調理はロボットがするが、トッピングの揚げ物は店員が調理する。かき揚げとかえび天、ゴボ天とかね。注文や客足が途切れると、通路に面したガラス越しに2台のロボットがダンスや漫才などのパフォーマンスを繰り広げ評判になった。メディアにも取り上げられ、情報番組やバラエティー番組で紹介されると、人気は一気に急上昇した。

 ところが困ったことになった。客が注文すると、通路の見物客からブーイングが起こるんだ。ダンスや漫才が見られないと。特に漫才は、実在する無名の漫才師がネタを仕込んでいたから、それなりに本格的で笑えるネタだった。中には、そこそこ名前が売れてメジャーになったコンビもいた。客から注文が入ると「ちょっと待った、お客さんや!」と言って、うどんをゆで始める。ゆでる場面は何度も見てるから、見物客はもう見飽きてたんだ。

 さすが関西で、売れない芸人や卵はうじゃうじゃいるから、ネタだけは毎日変わる。次第に、客が入りたくても入らない、見物客ばかりの店になってしまった。

 実はそのうどん屋。リーマン・ショックでリストラされた機械商社の俺の元同僚だったやつが始めた店だった。ロボットを入れたのが俺で、納入後に使わなくなってホコリを被っていたものを客から引き取り、安く転売したものだった。

 で、うどん屋はどうなったかって? しばらくは揚げ物を担当していた店員がうどんもゆでて客の注文に対応してた。ロボットは止められないから。ロボットが調理しなくなったんだから本末転倒だよね。普通のうどん屋だから、そのうち客足も見物客も途絶えていった。

 元同僚はといえば、うどん屋をたたんで貯めた金で渡米して大学に入った。ロボットを本格的に学ぶんだって。食べ物屋は粗利が低いけど、うどんは回転が早いし、学生にしてみればおやつみたいなものだから、昼夜問わず客が入ってたしね。客さえ入れば結構な額が現金で入る。学生しながらロボティクス技術で起業したらしいよ。そこそこ稼いでいるみたい。

――その元同僚の方も苦労されたんでしょうけど、苦労して起業したからこそ、エビでタイが釣れたのかもしれませんね。でもエビをエサに釣りに行かなきゃ、何も釣れませんから。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。(2021年2月12日(金)にウェブマガジン『ロボットダイジェスト』に掲載されたものです)本家の掲載『お嫌いですか、ロボットは?』がなぜか読めなくなり、問い合わせが多かったので、一時的にこちらで掲載します。本家での掲載が復活したら、こちらでの掲載は破棄します。悪しからず。

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