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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#111 頼まれたら断らない

――おやおや? 今夜もお疲れのようですね。年度末のバタバタは、ひと息つきましたか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。例の有給休暇の消化だの珍しく風邪をひきかけただのといろいろあってさぁ。今日も朝からマミちゃんから何言われるんだろうとびくびくしてたよ。ウチは一応外資だから決算や営業の締めは12月に済んでて、3月末は通常の月末と同じで月次の締めだけなんだけどね。取引先からは、あれを20日で締めてくれだの、25日付で請求書を起こせだのと言ってくるからさぁ。まぁ、そういったものは全部マミちゃんに頼んじゃうから、オレは詳しく知らないけど。マミちゃんは今それが忙しくて、オレ個人の年度末の手続きの事なんか、気が回ってないんじゃないかなぁ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「桜鯛の刺身」かぁ。へぇ、そろそろ旬なんだ。でも、これじゃバーじゃなくて割烹だね。マスター職選びを間違えたんじゃないの? しかも盛り付けが器用だねぇ。サクラダイねぇ、こうしたものが出されてうれしくなるのは、オレもれっきとしたおじさんだよなぁ。蓼(だて)なんて、若い時にはうれしく感じるどころか、気にも留めなかったけど、今は料理人の気遣いを感じるもんねぇ。気遣いと言えばそうそう、むかしは客から何か言われると、できるかできないかを、ない知恵絞って考えて答えていたけど、最近じゃとりあえず、いいすよ! なんて気軽に受けちゃうんだよね。実際どうにでもできちゃうし結果オーライだし。そういえばあれも、なんとかできちゃったし、それが派生して稼ぎ頭に成長したんだよなぁ……。


 あれはいつだっけなぁ。機械商社にいたころの末期か、Sierになり立てのころだっけなぁ。今でこそ棋士の藤井聡太くん、いや立派に成人されたんだから藤井聡太さんか。彼の出身地として知られる愛知県瀬戸市だけど。30年、40年ぐらい前までは焼き物の町としてそれなりに栄えていたけど、15年前ぐらい前は廃(すた)れ方が半端なくてねぇ。

 駅前の商店街なんかシャッター通り、今もそんなに変わらないけど、藤井聡太さんがらみで覇気だけは取り戻しつつあるけどさ。15年ぐらい前はホントにひどくて、焼き物の店に行っても、瀬戸の品物なんて店の奥でホコリを被って、店頭は安い中国産がずらりと並ぶ、そんな有りさまだった。

 そりゃあそうだよね。そのころには、瀬戸では超高価な焼き物を作る窯元しか残っていなかったんだから。中堅以下、小規模の窯元は、廃業するか業態転換して、中国製の焼き物を仕入れて売る道で生き残りを探ってた。でもさ、安い中国産の焼き物なんて、わざわざ瀬戸くんだりまで行かなくても変えるから、そもそも駅前だって人出はまだらだったんだ。

 そもそも瀬戸って、不便な田舎なんだよ。クルマで行くのも狭い道を延々と走らなきゃならないし。電車で行こうにも地下鉄で一旦栄に出て、そこから名鉄瀬戸線に乗り換えるんだけど。その瀬戸線の運賃が高くてねぇ。ホント、名古屋の名鉄って、ライバルがいない殿様商売でさぁ、同級生が勤めてるからあまり言いたかないんだけどね。

 名鉄は幹線道路でもなかなか高架にせず、平気で踏切のままにしてるから、その踏切のせいで交通渋滞がおきるんだよ。思い浮かぶだけで、あっちもこっちも。瀬戸線はその最たるものだね。

 で、ここから話は変わるんだけど、当時オレが頼まれたのが、瀬戸で板金加工をやってた会社の自動化だったんだ。そうそう、高橋板金って会社だった。板金加工って余程特殊な加工じゃなければ、当時も数をこなさなきゃ食べていけないような状態で、数をこなすために自動化をって、高橋社長に頼まれてさ。オレは切削こそ分かるけど、かろうじてプレスぐらいまでなら客の話についていけるけど、板金ってホント縁がなかったから知らないんだよ。

 でもさ、わからん、って言ってしまったら能がないから、一緒に勉強させてくれと答えて、あれこれ策を練ったんだ。高橋社長の要望を聞きながらね。

 最初は、板金機械にロボットを置いて、鉄板を自動供給したり、薄物の場合はロール状の金属板を自動供給したりね。ロール状のものは、巻きグセがついてて、このクセをいかに取るかに苦心してね。高橋社長とあ~でもない、こ~でもないと言いながら、オレ自身も一から勉強させてもらってた。しかも、カネまでもらいながらね。

 そうこうするうちにさぁ、高橋社長はどんどんアイデアを出して、それをちょっとずつ具体化するうちに、マシニングセンタを入れて切削加工を始めたりね。ある時なんて、出たばかりの金属の摩擦撹拌接合(FSW)を始めたもんだから、さすがにオレもびっくりしたよ。

 そうしたらそのうち、ロボットの先にドリリングユニットを付けて加工のテストを始めてたんだ。ざっくり言えば、要するにロボットがドリルを握って加工するみたいなイメージかな。精密さはマシニングセンタに劣るけど、そんなに精度が求められないなら、これで十分なんだ。

 これが受けてね。周りに勧められるままに展示会に出展したら、反響が大きかったらしい。ある会社のブースに間借りして出展したんだけど、その会社の目玉になっちゃった。

 それでさぁマスター。その高橋社長が今、何してるか知ってる?なんとさ、オレの同業、つまりSIerなんだ。もちろん、板金加工は続けてるんだけど、売り上げはともかく、利益率では断然、Sierの方がいいんだってさ。

 今じゃSIerとして、ロボットを使ったシステム提案だけでなく、新しい生産方法の開発まで手を広げてさ。もとは板金の実加工をしてたから、そんなアイデアはいくつも出て来るらしい。オレには考え付かないようなアイデアが、頭の中にあふれている。要するに、頭の中は生産技術でいっぱいなワケ。

 加工機やロボット、ソフトウエアまでを多角的に考えて、これらをまとめ上げる能力が高いんだね。自社だけでなく、外部の協力者を見つけてきて、うまいことこなしているみたい。やるよねぇ。

――なるほど。たにがわさんが感心するぐらいだから、高橋社長ってきっとやり手なんでしょうね。そもそもたにがわさんが断らなかったから、始まった相乗効果ですもんね。今夜もとことんお付き合いしたいところですが、そろそろカンバンです。またゆっくりお聞きしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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たにがわじろう
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