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緑のワンピースにのせて

緑のワンピースを探している。緑色の服ではない。緑のワンピースだ。私に似合っていて、誰が見ても「ああ、緑のワンピースだな」と思うワンピースが欲しい。今一番欲しいものはこれかもしれない。

私がワンピースを買うきっかけは2つしかない。推しが出演する作品を見に行けることが決まったとき、冠婚葬祭・式典に出なければいけないときだ。後者はどちらかというとドレスに近いかもしれない。だとしたら、私がワンピースを着たい、と思って購入するのは推しの舞台を見に行くときだけということになる。私が勝手に観劇するときはワンピースを着る、と決めているだけで、推しの意向でも作品の意向でもない。ただ、ワンピースを着てみにいくのが好きなだけ。私にとってワンピースは作品に対する、推しに対する正装である。

私にとってはワンピースを着るという行為自体が非日常だ。最近まで似合わないと決めつけて避けて通ってきたことも理由である。かわいくて女の子って感じの子が裾をひらひらさせながら着るもの、もしくは、かっこよくて目鼻立ちが整った綺麗さんがクールに着こなすもの、というイメージが強すぎた。ワンピースを着る自分が恥ずかしい、と思っていた。

初めて”なまもの”である舞台と対峙することが決まったとき、喰われる、と思ったんだろうと振り返る。舞台上で繰り広げられる役者達の全力を私は受け止めきれないという感覚があった。ジーパン&サンダルでもいいことは分かっていたけれど、自分がそれをした場合、後悔するのは私だと思った。そうだ、武装しよう。そうして選んだのがかつての敵、ワンピースだった。当日、会場入りする前に鏡の中にみた自分はいつもよりも可愛いかったし、輝いていた。そうか、こうもなるか自分、なんて他人のような感想を持ちながら、まだちょっと気恥ずかしさも持ち合わせていたけれど、これなら舞台に負けないで観ていられる気がする…と思った。会場には気合いの入った同志達がたくさんいた。そのなかに私もしれっと馴染んでいた。それに安心した。ああ、みんなこの作品を観るのにそれだけの気持ちが入ってるんだ、同じ気持ちなんだ、と思った。(再三になるが、観劇に基本ドレスコードはない。)

作品・推しの色に合わせて新しいワンピースを買う。それも楽しくなってきた。いつもは絶対に選ばない色を着る機会になっている。着てみたら意外と似合ったり、ワンピースの形を変えて似合うようにしたり。服を選ぶのって楽しいもんだな、と新しい楽しみも教えてくれた。

コロナで2020年前期の観劇予定が全部吹っ飛んで、思っているより私はへこんでいるのかもしれない。ストレス耐性:ひ弱と診断されるくらいだから、今出てきている不調の原因になっているかも。でもしょうがない。どうにかチームGREENに会いたいものだ。だから私は緑のワンピースを探す。前にしか予定はできないからな!と奮い立たせるのにワンピース捜索はなかなかいい。最高の1着を探し出してみせよう。それを着る私はきっと相当にキマっているに違いない。ちなみに差し色は赤でいく。

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