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短編316.『オーバー阿佐ヶ谷』16

16.

 時と頭を交錯する疑問によって、ほとんど眠れぬまま朝を迎えた。短い眠りの間、一度だけ夢を見た。夢の中では私が殺される役回りだった。

 【【【”野菜”の配達で辿り着いたマンション。インターホンを押すも誰も出てこない。気配に振り返ると、そこには巨大な怪物が立っていた。全身を覆う黒い毛は満月に照らされて毛先の一本一本まで銀色に輝いている。逃げようにも身体が動かない。振り下ろされた怪物の腕によって割られた額から噴き出す血。顔全体が熱い。私は腕を伸ばす。怪物の顔を覆う毛を掻き分けるとそこには演出家の男の顔があった。】】】

 そんなB級ホラームービーのような夢だった。しっかりと寝汗をかいている。しかしまぁ演劇を生業とした男への追悼には相応しい夢のように思えた。今再びのレストインピース。
 鎮魂歌代わりにBOO YAA TRIBE『West Koasta Nostra』を流しっぱなしにした。演出家男がコレを聴いたことがあるかは知らない。ただ、私は好きだ。追悼なんてそれで良い。要は気持ち次第だ。Salute.

          *

 三つ編みのまま寝てしまったので、起きてから一度ほどきシャワーを浴びた。鼻歌は不謹慎なような気がして自主規制した。風呂場の鏡にまだ彫り途中のタトゥーが映る。今はただ金が無く中断しているに過ぎない。断じて、痛みのせいじゃない。断じて。ーーーこれも早々に仕上げなければならない。私の存在自体がアートだ。腕も首も胸元も。そして勿論、人生だって。

 濡れた髪を自然乾燥している最中にスマートフォンが鳴った。珍しい。私に掛かってくる電話は大抵が悪い知らせだ。誰それがパクられた、誰それが飛んだ、誰それがーーー云々。バッドニュースにはもううんざりだった。それでも私は電話を取った。【鳴る電話に出ることはそれこそ義務】だと教えられた最後の昭和世代。

「おい。テレビ点いてるか?」レペゼン地元のホーミー。
「よぉ。調子どう?」
「それどころじゃねぇんだって」
 リモコンを探してテレビを点けた。「何チャン?」
 答えを聞くまでも無く、そこに映されたものに見入った。馴染みの場所、馴染みのあるロゴ、馴染みの顔。そのニュースには『野菜直送便』の胴元の顔が映っていた。
 キャスターは言う、”ーーー云々”と。

 メイクマネーの方途がまた一つ閉ざされた。ブリる供給源も絶たれた。

          *

 ーーー警察は劇団関係者を中心に当たっているらしい。昨夜聞いた店主の言葉を辿る。こちらもこちらで演劇関係者に当たってみることにした。もしかしたら怪物について何か知っている奴がいるかもしれない。何のツテもなかったが、確かいつかの日に「観に来いよ」とポケットにねじ込まれたフライヤーがまだ部屋の何処かにあったはずだ。場所を調べて行けばなんとかなるような気はしていた。手練手管は頭の中に入っている。昔読んだ探偵小説が実生活で役に立つ日が来るとは思わなかった。





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