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短編209.『トゥーフェイス』(2/4)

『三年の刑期を終えた今の感想は?』そういうテロップを入れようとして質問したがアカウント主に睨まれた。「なに、勝手に回してんの?司会者気取りかよ」舌打ちと共に割り箸が飛んでくる。私はカメラそのものになろうと努めた。無機物として無事この場を乗り切るのだ。

 録画時間が増えていく。その分、編集の手間も増えていく。そして、編集する為の時間は削られる。

 十九時。カメラを回し始めてから一時間が経った。先程からアカウント主(首タトゥー男)は饒舌だが、出所した男(アメ車)は終始無言だった。話を振られても首を振るだけで済ませている。

 ーーーこれ、どういう”絵”にすれば良いのだろう。

 仕上げた絵が思い浮かばなかった。テロップを付けるにも例えば、

「ムショんなかは快適だったか?」
「…」(無言)
「昔、〇〇って奴が下手こいてさぁ」
「…」(無言)

 駄目だ。ギャグにしかならない。こんなものを納品した日には、私の身体の一部が飛ばされそうだ。幸いにして住所は教えてないが、調べようと思えば、赤子の手をひねるくらい簡単なことだろう。法の外に生きる彼らにしてみれば、そんなこと朝飯前だ。それに目の前の二人は、実際の赤子を床に叩きつけても笑っていそうだ。

          *

 そんな時だった。アメ車の箸の持ち方に気が付いたのは。

 もし『箸の教科書』みたいなものが存在するとしたら、その表紙に使われていてもおかしくはないほど、見ていて美しさと気品を感じる”持ち方”だった。勿論、手の甲にまで侵食された入れ墨は加工で消さなければならないだろうけど。

 アカウント主との対比がまたそれを強調しているのかもしれない。アカウント主は箸をまるでフォークのように扱っている。それをフォークと呼ぶには些かフォークに失礼かもしれない。それよりは単なる木の棒か。唐揚げに箸を突き刺すようにして口に運ぶ。その横でアメ車は、二本を適切な間隔で開き、最短距離で唐揚げへと近づき、最低限の力でそれを摘む。決して首を唐揚げに近づけようとはせず、箸の方から口元へと運んでいく。端正だった。池波正太郎が褒めそやしそうな食事の仕方だ。

 箸の扱い方だけを見ていれば、この男がアウトローだということを忘れてしまう。例えば、良家のお坊ちゃんといっても過言ではないだろう。でも指先以外は完全なる反社会的人物。一人の人間の中に相反する性質が詰め込まれているように感じられる。今はただ”悪の力”が優っているだけで、心根は指先の方にこそあるのではないか、と。そんな妄想すら抱いてしまう。

 その不可思議さを通して、何故こんなにも箸を綺麗に使えるこの男がアウトローとして三年も刑務所に入っていたのか、俄然興味が湧いてきた。

          *

(3/4)に続く


#アウトロー #YouTuber   #箸 #トゥーフェイス #撮影 #小説 #短編小説

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