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短編208.『トゥーフェイス』(1/4)

 男はアメ車のような体格をしていた。つまり、無駄に大きく燃費が悪い。アメリカ製”負の遺産”を拡大再生産したような身体つきだった。

 カメラは、首に巻かれた金チェーン、開襟されたシャツから覗く入れ墨、指の太さをはみ出す指輪と順次映していく。

 暴力がそのまま形を取ったような姿だ。

 でも、その粗暴な”なり”からは想像がつかないほど、箸の上げ下ろしが綺麗だった。それ自体が生を持った生き物のように華麗に舞い、掴み、男の大きな口元へと運ばれた。

          *

 テーブルには刺し盛りからデザートに至るまで、居酒屋メニューの一ページ目からドリンク類までをくまなく網羅する料理が並んでいた。三人なのに通された八人掛けのテーブルは端々まで、そうして皿で埋まった。載せきれないものは私の膝の上に置かれた。左手にウーロン茶のグラスを持ちながら、仕方なく右手でカメラを構えた。

 アウトロー系YouTuberのカメラマンとしてここにいる。何故だろう。普段はカフェや地下アイドルのプロモーション映像を手伝っているのに。目の前にいる二人、全然可愛くない。私が『アメ車』と名付けた男は前述のようないでたち、そしてもう一人、そのYouTubeのアカウント主は日に焼けた太い首をタトゥーで包んでいる。どちらも典型的な法の外の番人だ。

 これはクラウドソーシングのサイトで見つけた仕事だった。撮影と編集まで行い、占めて六千二百円。他よりは遥かに安かったが、ハートを多用した語尾と貼り付けられた写真から下心をくすぐられた。

 ーーーまぁ、パソコン編集に慣れない素人女子のYouTube撮影だろう。大食いかなんかの。

 そうタカを括っていた。打ち合わせのメールのやり取りは素っ気なく終わった。日時の指定のみ。報酬が先払いなのか後払いなのかの記載も無かった。

 ーーーこういうことに慣れていないのだろう。可愛いねぇ。

 とすら思った。世間というものを教えてやらねばなるまい。その手を取って、じっくりと。

          *

 待ち合わせ当日、私めがけて二人の男が近づいてきた。「斎藤さん?」と一人が言った。私が頷くと「今日はよろしくな」と肩を組まれた。そしてワンボックスに半ば拉致されるような形で今ここ、居酒屋にいる。テーブルは料理で溢れている。大食いを撮影していることには違いなかった。

「今日は仲間の出所祝いを撮影して、コンテンツにするから」とアカウント主は言った。アウトロー系YouTuber独特のコンテンツだ。アイドルや芸能人には作れないオリジナリティ溢れるコンテンツ。「納期は明日の朝までな」

 私は店の時計を見た。十八時だった。撮影して帰って徹夜で仕上げろ、ということだろうか。無茶が過ぎる。文句を言おうにも、目の前の二人を見ると自然、唇を噛み締めるしかなかった。

          *

(2/4)へ続く


#アウトロー #YouTuber   #箸 #トゥーフェイス #小説 #短編小説

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