コートの袖元
4月というのにとんでもなく寒い一日だった。月並みな表現だがまるで冬に戻ったかのような寒さで、桜もびっくりしたことだろう。
さて、会社から帰る電車の中でふと横を見ると、吊り革を持つ男性のコートの袖元が目に入ってきた。そこには、紛う方なきクリーニング屋さんのタグが付いていた。
このタグを見て、色々なことが頭をよぎる。
「冬が終わったからコートをクリーニングに出したものの、今朝慌てて引っ張り出してきたんだろうな」
「冬が終わるときちんとコートをクリーニングに出すなんて、折り目正しい生活をされているのだな」
「家に帰ってコートをしまうとき、『また寒くなるかもしれないから、しばらく出しておこう』と思うのかな」
などなど。
何か勇気が出ずに「あの、タグ付いてますよ」とは声をかけられずにいるうちに、その人は電車を降りていってしまった。
タグが付いていることを指摘されて相手が恥ずかしがったとき、その恥ずかしさは瞬時に私にも伝染する気がする。そんな思いが、私をして声をかけさせなかった。
少し、申し訳ない気持ちになった。
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