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深夜タクシー

寒い寒い年末の一日、最寄り駅までの終電を逃して、7kmほど離れた駅からタクシーを拾った。

この時期の深夜、タクシー乗り場は長蛇の列。一瞬並ぶのが嫌になりかけたが、見ているとどんどんタクシーがやってきてはお客さんを拾っていくので、気を取り直して並ぶことに。
1台来ては1人乗り、もう1台来ては1人乗り、とテンポよく列が進んでいくのを見ながら、1箇所のタクシー乗り場から色々な人が色々な場所に帰っていく様子になんだかしみじみしたりして。年の瀬ならではの、センチメンタルな気分だろうか。

最近良く見かける、トヨタのシエンタベースの箱型タクシーが結構やって来て、ずっとそれに乗ってみたかった私は、「いよいよ乗れるか!?」と思っていたのだが、私の目の前に来たのは白いセダン型のタクシー。ちょっと残念だなぁと思いながら乗り込むと、運転手さんは朗らかな女性の方だった。

「いやぁ、本当に寒いですねぇ」と運転手さんが話しかけてくださり、話はそこから雪のこと、ウィンタースポーツのこと、そして運動全般のことを経て日々の健康のことに。「風邪薬はあくまで症状を抑えるだけで、風邪を治す効果はないそうですよ。大事なのはゆっくり休むことみたいです」などと、風邪への対処方法まで教えてくださる。また、運動をほとんどしない私に対して、「せめて歩くだけでも」とアドバイスしてくれた。

聞けば運転手さんご自身、職業上腰への負担が大きいらしく、ぎっくり腰を繰り返してしまったため、積極的に歩くことを心がけ、腹筋や背筋なども意識的にトレーニングして鍛えるようにしているとのこと。お仕事の大変さが垣間見えるようだった。

明るく素敵な運転手さんに出会えたことが嬉しくて、最寄り駅までのつもりだったのが、自宅の傍まで運んでいただくこと。こんなことは、以前初めてプリウスのタクシーに乗ってあまりにその静かさに感動し、やはり当初の予定より長く乗車した時以来だ。
ただ、車がだいぶ家に近づいたところでメーターが2,980円に。これ以上になってしまうと正直…というところもあり、そこで停めていただいた。

――降りる時、「良い年をお迎えください」という言葉が自然と口から出てきた。

タクシーに乗る前にお会いしていた方に、「たしかにタクシーはお金がかかりますけど、年の瀬のタクシーに乗るなんて、何か素敵な体験ができそうじゃないですか」と半分冗談、半分本気で言っていたのだが、まさかこんな楽しい時間が過ごせるとは予想だにしていなかった。運転手さんとの会話で、優しく素直な気持ちになれたのだ。
そして、以前の私だったらタクシーの運転手さんに話しかけていただいてもあまり積極的にはお話ができなかったと思うのだが、この半年のうちに出会った方々が私を変えたようで、驚くほど話が弾んだのであった。

「人はそう簡単には変われない」とよく言われるし、私もそう信じてきた。だが、変わろうとする意志があれば変われるのかもしれない。自分の身を顧みて、そう思った年末の夜だった。

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