「映画事故物件」が構造だったので分析してみる

「事故物件 恐い間取り」を見ました。4DXしかやってなかったので、ええいままよと乗り込んだら、後半ホーンテッドマンションみたいになって面白かったです。ところでこのnoteは、「映画 事故物件 恐い間取り」の超ネタバレをします。ネタバレされても大丈夫、という方だけ読んでください。

元々の原作「恐い間取り」は、松原タニシさんが、実際に事故物件に住んで起きたことなどをまとめた実録本です。ひとつひとつのエピソードはこわ面白いのだけど、行動としては事故物件を探しては住んでいるだけなため、エピソードを結ぶラインというものがありません。事故物件という魔にとり憑かれてしまった、という描き方も出来るだろうし本書にはそういう記述もありますが、タニシさん本人が現役であるため、タニシさん本人がやべーやつ、という描き方は映画では難しい。(一時的にヤバくなった、というのならありだろうけど)

エピソードをつなぐための「ライン」、これをどう描くかが脚本家の腕の見せ所。そこで登場するのが「構造」です。僕は今回この映画を面白いと思ったのだけど、それはきっと、僕の大好きな「構造」がとてもはっきり見えたからではないか? なのでこれから、映画版のストーリーをなぞりながら、構造を分析してみたいと思います。もちろん、一回見ただけなので、あやふやな所もあるかもしれません。なお、構造分析は、大塚英志「ストーリーメーカー」(アスキー新書)を大いに参考にします。

1、日常の世界

 主人公のヤマメの日常が描かれます。ライブでのネタは全くウケず、ネタを書いていた相方の中井から解散しようと言われてしまいます。ヤマメにとって不穏な「物語の予兆」です。

ヤマメのファンである梓は雨の中ヤマメを出待ちし、傘を持っていない梓に、ヤマメはコントの小道具である傘を渡します。ちなみに、この傘にはボケとして「LOVELOVE愛してる」などの文字が大きく描かれているのだけど、これが後半大きな意味を持つことになります。冒険に行く勇者に姫が自分の持ち物を、お守りにってあげるじゃないですか。そしてそれが後々めちゃくちゃ役立ちますよね。あれです。となると、ヤマメが主人公のはずなのに、梓が勇者の役割を演じてないか?という疑問が出てくるんですが、そうなんです。この映画では、主人公はヤマメで間違いありませんが、後半、勇者と姫の役割が逆転します。

ヤマメたちのコンビであるジョナサンズの芸風が「ボケとツッコミが途中で入れ替わる」ものであるのは、この、主人公と姫の役割が入れ替わっていることを示唆しているかもしれません。

ヤマメの日常として描かれるのは、売れない芸人の限界と焦りであり、相方を失いピン芸人としてやっていかなければならなくなったヤマメの不安です。ヤマメはピンではやっていけないと思っており、コンビであった「日常」に戻ることが必要だとこの時点で考えています。

2、冒険への誘い

ピン芸人になったヤマメに、「事故物件に住んで心霊映像を撮ってくる」という企画が回ってきます。王様が勇者に魔王退治頼むような場面です。ここでの王様は「松尾プロデューサー(松P)」です。原作では、北野誠さんの発案だと書かれていましたが、北野さんの位置のキャラクタ(番組の司会)を王様の役割にするのには問題があったのでしょう。なぜならこの王様は、同時に勇者に試練を課す敵対者でもあるからです。北野誠さんを憎まれ役のポジションにするわけにはいかなかったのではないでしょうか。

(原作本によれば、北野さんは1軒目の事故物件で色々起きた後、企画を一旦やめようと言ったそうです。しかし、物語の中ではむしろエスカレートしていく必要があるため、プロデューサーという役を生み出したという面もあるかと思います)

3、冒険への拒絶

事故物件企画に対して、ヤマメは乗り気ではありません。僕はこの、ヒーローズジャーニーにおける「冒険への拒絶」はとっても重要だと感じていまして、物語作品を見るたびに、この部分はどこだろうと探してしまいます。人間は基本的に変化を嫌うからです。ヤマメはピンであることへの不安から、やっぱりコンビに戻りたいともう一度中井に電話しますが、中井のそばにいた松Pから事故物件に住むことを決定づけられてしまいます。この時に松Pたちが撮影していたのが、芸人たちが池だか沼だかをさらって埋蔵金を探す、という企画なのですが、いよいよヤマメが事故物件という沼に入っていくことを暗示していると思うのは考えすぎでしょうか。

4、賢者との出会い

この映画における「賢者」とは一体誰なのか?ちなみに、賢者というのは、

主人公を庇護するアイテムや後で役に立つ情報をくれる導き役のキャラクタ

事故物件を紹介してくれる不動産屋の横水さんはこの役割を果たしていそうですが、むしろ次々とヤマメに新たな試練を与えるという意味では、「敵対者」と言ってもいいかもしれません。この映画において、敵は襲い掛かってくるものではなく、わざわざ主人公が赴いていく必要があるので、不動産屋という位置は、敵対者の子分……おじゃる丸でいうと、エンマ大王が敵対者だとして、小鬼トリオの位置……かもしれません。

では、「賢者」は誰なのか?これはやはり、元相方の中井が相当するのではないかと思います。順番は前後しますが、最初の心霊映像が撮れた後、中井は録画環境を整えてくれたり、梓とのご飯会をセッティングしてくれます。そもそも「事故物件」の話を最初に松Pにしたのも中井ですし、「賢者」と位置付けていいような気がします。

また、物語の後半、東京に出てきたヤマメにお守りを買わせる霊能者、伊崎も「賢者」と言えるかもしれません。お守り、役に立つので。

5、第一関門突破

1軒目の事故物件に入居したその日、町内会の人が訪問に来ますが、そこで、でけー犬が勝手にあがりこみ、なにもない部屋の虚空に向けて吠えたてます。この犬がいわゆる、非日常の世界のはざまに立つ「門番」の役割だと思われます。ヤマメは基本的には「見えない」設定なので、犬、あるいは見える体質の梓を通して、観客は心霊現象を体験することになります。
また、梓にとっては、はじめてヤマメの家に来た時に目撃する駐輪場の黒い影が、「門番」に相当するのではと思います。
この辺から、勇者と姫の役割が逆転していきます。つまり、事故物件に住むヤマメは、心霊現象を録画し、体験する、という行為によって「芸人としての成功」を勝ち得ていく勇者であると同時に、自分から事故物件という名の魔王城にさらわれに行く姫、でもあるのです。

6、仲間、敵対者/テスト

ヤマメはより刺激的な体験を求めて次々と事故物件に住んでいきます。その行為の中で、中井は愛想をつかして離れ、梓もヤマメを止めますが、ヤマメは聞きません。はじめピンを嫌がっていたヤマメは、芸人として出世するようになって、次第に周りの忠告が聞けなくなっていきます。

笑わせることがしたくて芸人になったはずなのに、怖い話で売れていいのか、それは正しい自己実現なのか?という梓の問いは、つまるところ「松原タニシの今」をどう描くか、に直結する問いだと思われます。
わりと前半に語られる、ヤマメがお笑いを目指すようになった理由が実際のエピソードかどうかは私は知らないのですが、どちらにせよ、わざわざ描いたということには意味があるはずです。
もちろん、笑いと恐怖は紙一重ですが、ここではそういう話にはなりません。また、「笑いで人の命を救いたい」というヤマメの元々の主張に対して、梓は「今のヤマメさんは人の命を救ってるの?」と聞きます。ここで、人が死んだ部屋に住むことは福祉につながる、という「恐い間取り2」に書かれているような話になるのかな、とも思ったのですが、そういう話にもならず、ヤマメはただ、このチャンスを逃したくない、という焦りといら立ちで、梓を突き放してしまいます。
ここからは僕の妄想ですが、元々の脚本には、この辺の話がわりとしっかり書かれていたんじゃないかと思うんです。そうじゃなければ、ヤマメがお笑いを目指した理由を深く掘り下げるのはノイズだと思うので。ただまあ、そういう「笑いとは」なんて話、映画向きじゃあないよねってことでカットされたのではないでしょうか。全然違うかも。あるいは、映画の中で語られている部分を私が見逃しているだけかもしれません。

7、最も危険な場所への接近

ついにヤマメは東京進出を果たし、よゐこの番組にも出れるようになります!(となりのパパイヤ、みたいなセットだったな……)よゐこ濱口さんの「ついに東京きたねー」という言葉に代表されるように、ヤマメはついに「最も遠い場所」に到達したのです。
梓に髪をセットさせている気難しい芸能人(演:バービー)が、ヤマメの語る事故物件での体験談を笑いながら見ているのですが、ここはもしかすると、前述した部分の答えになっているのかもしれません。つまり、「ヤマメはちゃんと怖い話で笑いをとっている」ということですね。同時にバービーは、梓のヘアセットをほめます。(梓は一度バービーに怒られて泣いている)嵐の前の静けさというか、魔王城の門前で行われる最後の宴、みたいな場面です。

7’、複雑化

ヤマメが、住んでいる部屋で生配信をしていると、次々に心霊現象が起きます。そして、映像が乱れるという「ヤマメには知り得ない」怪現象も起こります。この配信を観ていた梓は危機を感じます。いよいよ勇者、梓のターンです。

8、最大の試練

あっちからもこっちからもかなり具体的な幽霊が現れ、ヤマメに襲い掛かります。タケオちゃん物怪録みたいだし、4DXで観たもので椅子がゆっさゆっさ揺れて笑っちゃったんですが、ヤマメにとっては最大の試練です。

しかし、怪しげな霊能者伊崎(演:高田純次)から買わされた怪しげなお守りが効果を発揮し、具体霊たちは次々に消えていきます。あのお守りってつまり、「魔王城の入り口で謎の老人から受け取る謎のアイテム」ですから、いざというときに役に立つのは構造上当然です。それでいうと伊崎は「魔王城前の門番」の役割をしているのかもしれません。スプラッシュマウンテンの、クライマックス手前に不穏な二羽のカラスいるでしょ? あれです。

しかし、ボス的な黒い影にはお守りも効かず、かえって粉々にされてしまいます。この黒い影、最初に梓が駐輪場で見た影がめちゃくちゃ具体化したもので、すでに幽霊というよりは、黒い服を着た黒い人です。学園祭のお化け屋敷で受付にいそうな感じです。おそらくもっともっと「見せない」演出をすることで恐怖度をあげることはできたと思うんですが、この映画では頑なにそれをしません。しかし構造にとってその辺はどうでもいいことです。黒い影は、事故物件に住み続けることでヤマメの体に溜まっていった業を表していると思うので、具体化すればするほどパワーアップしているということだと思います。影なのは、敵対者は主人公の影的存在である、つまり、反対側に自己実現した(ダークサイドに堕ちた)存在である、という物語のパターンをそのまま表していると言えるでしょう。

しかしながらここで重要なのは、その敵対者(黒い影)の反対側にいる主人公はヤマメではない、ということです。この時点でもう、主人公=勇者の役割は梓にスイッチしていますので、この黒い影は、梓のダークサイドと言えます。梓も黒い影も、つねにヤマメのそばに寄り添いたいと願いながら、その力によってヤマメの身を滅ぼしてしまうかもしれない存在です。そして、その黒い影を、梓が持ってきた「冒頭でヤマメからもらった小道具の傘」によって撃退することで、梓はヤマメを救い出します。伏線発動です。

ヤマメ自身は「笑いが人を救った」と言いますが、むしろ「愛が人を救った」という解釈の方がより自然だと思います。戦いを終えた傘はボロボロになってしまいますが、描かれていた「愛」の文字だけはしっかりと破れず残っているのがその証拠です。とはいえ、ヤマメのセリフはブラフではなく、ヤマメの世界観では愛と笑いは非常に近しいところにある、という意味だと思います。

9、報酬

愛するヤマメ姫を救い出した勇者梓、その固く握られた手がアップになります。姫を救い出し、その姫を自分のものにするのは、物語の王道パターンです。

10、帰路 11、再生

2人は同棲するために不動産屋を尋ね「恐くない物件」を当たります。そこでまたあの黒い影が現れ、なんと不動産屋の横水さんにとり憑き、横水さんは道路に飛び込んでトラックに轢かれ死んでしまいます。

ここで主人公は、多くの場合、最後の試練を受けることになります。首尾よく魔王を倒したら、城が崩壊するから急いで逃げなければならない……みたいなあれです。二人が直接的な攻撃を受けるわけではありませんが、新たな門出に水を差されてしまいます。さらに横水さんの突然の死は、魔王が作戦失敗の罰、または事故物件を紹介しない、という裏切りの代償として手下を殺す、というニュアンスも含まれていそうです。

12、帰還

騒然とする不動産屋を出て、歩き出す梓とヤマメ。しかし、それを黒い影と幽霊が、事故物件かどうかわからない部屋から見下ろしています。事故物件を探さないという選択が、事故物件に住まない、ということとイコールではないことを示しつつ、物語は幕を閉じます。二人は互いに「恋人」という報酬を得ます。しかし、ヤマメは「事故物件住みます芸人」でなくなることで命の危険からは逃れられますが、芸人としての未来は見えないままです。ひとつ希望があるとすれば、「見える体質の梓」を手に入れたことで、怪談には事欠かなくなると思うので、「彼女が”見える”芸人」としての活動が始まるかもしれません。個人的には、映画の中のヤマメにも事故物件に住み続けてほしかったと思いますが、構造的には難しいと思います。


私の妄想と浅はかな考察にお付き合いいただきありがとうございました。面白かったらシェアなどお願いします。

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