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34年前の教護院⑨卒業式


私は先生に呼ばれ、ついて行くことになった。
寮を出る前には必ず奥さんに、
行ってきます!と伝える。
私が「失礼します!奥さん行ってきます!」と言うと、
奥さんは自宅の方から、
「はぁーい。」と返事が返ってきた。いつ聞いても、機嫌のよさそうな返事にはホッとする。
その後もう一度、寮の外で
「行ってきまーす!」と挨拶をする決まりがある。
その流れを終えて、先生について行った。

「今日、卒業式だから。」
あ、そーなんだ。
「ありがとうございます。」と返事をした。

2寮の場合、いつも突然言われる。
前もっては聞かされない。
それが2寮なのか、
学院の方針なのかは分からないが、
退院の時も、当日の朝言われるらしい。
それは分かる気がする。
いつ退院か聞かされたら、
落ち着かなくなるだろうから。
しかし残念ながら、退院はまだ先だ。
何だろうとついてきたら、
卒業式だったか。

学院の本館の方へ向かう。

私が初めてここへ来たとき、
最初に入って先生を待った場所。
先生に初めて会った時は、
とても真面目そうで、
暴力なんて振るうとは思えない印象だったのに。

その場所へとだいぶ久しぶりに来た。先生がノックをし、ドアを開け先に入り挨拶をした。
私も一緒に入る。
するとそこには、
とても懐かしく、
とても嬉しい顔ぶれがあった。

男の先生が2人。
私の通っていた中学の1年生の時の担任の先生と、
憧れてた先生。
2人とも私が唯一慕っていた大好きだった先生達だった。
いつも話を聞いてくれて、
相談にものってくれていたのに、
私はそれに応えることなく、
ここに居る。
その2人の先生が、来てくれた。
その人選が嬉しかった。
大嫌いだった、2年生の時の担任は、
来なかったからだ。担任と言っても、2年生途中で教護院に入ってしまったので、あまり関わりもなかったが。

「元気か?」の言葉に、
私は少し照れくさく「はい。」と
返事をした。

中学の先生は、
卒業証書を持って来てくれた。
そして、卒業式さながらに、
読み上げてくれ、
小さな卒業式をしてくれた。

私はそれを受け取ると同時に
大量の涙を流した。

先生達は少し動揺していた。
泣くとは思わなかったのだろう。

もう、中学校へ行って、
先生達に構ってはもらえない卒業の寂しさ。何だかもう、
本当にひとりになった気がした。

その後少し、学院内を寮の先生と、
中学校の先生と一緒に歩いた。

「テニスを今練習してるんですけど、結構できたり、」
との寮の先生の言葉に、
アレ?褒めてくれるのかな?と思いきや、
「出来なかったり。」と付け加えられ、え?どっちなの?
やっぱり褒めては貰えないんだな。
どうせなら、
中学校の先生の前で、少しくらい褒めてもらいたかったので、
ガッカリした。

少し歩いたあと、中学校の先生2人は帰って行った。
あまり、話ができなかったのは、
残念だった気がする。
多分、今の私の雰囲気に違和感はあったに違いない。
私は先生達が好きだった。
良い先生に恵まれていたと思う。
そしてもう1人、
以前中学で、悪いことをした子達と、保護者が集まった時があった。
その時、私の父が酔っ払って現れ、
みんなの前で
「頭も悪い、面も悪い、なんの取り柄もない。」と私のことを罵った事があった。
私は悔しさで涙が出た。
皆の前で言われたことがとにかく嫌だった。
すると、本気で
「そんな事ありません!」
「そんな事ありません!」と
言ってくれた学年主任の先生の顔を思い出した。

卒業と共に、誰ももう、私を助けてくれる人は居ないのだろうな。

卒業証書は、退院の時まで学院に、
預けることとなった。

その夜思い返してみた。
私は中学も、そして小学校もまともに通ってはいなかった。
小学校低学年の時は、学校というものに馴染めず、
机に座っていることもできなかった。
2時間目くらいから学校を抜け出して、隣の公園で遊んでいた。
放課後みんなが帰った頃をみはからって、ランドセルを取りに行って家に帰る。
当時は、目立たない生徒の1人くらい居なくなっても気にもされなかった時代。
案の定親はそんなことは知らない様子だった。

中学でも、やっぱり座って居ることが出来なくて、
自由にしていたかった。

だから今こうして、学院で格子の中。鍵を掛けられた生活をしている。

どこで、どう間違えてしまったのだろう。
私の中では色んな事が正当化され、
自分は良い人間なんだと思っている。でも、
前に言われたことがある。
「あなたは、自分で思っているほど良い人間ではないよ!」と。
気に入らない。
偉そうに。

私は自由でいたい。
中学の先生、ごめんなさい。
私は、期待には応えられなかったし、これからもどうなるのか分からない。
だって、悪いことすることに、
未だ罪悪感がないから。


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