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夏空のモノローグ Ⅹ

「えぇ、えぇ…上手く行きました。
はい、依頼通り、桑田怜恩は野球部で毎日真面目に練習をしているそうです、あの様子なら今年の地区大会、ほぼ間違いなく優勝でしょう。周りの面子次第では甲子園出場、優勝も有り得るのではないでしょうか?
えぇ、まぁ環境で言えば世界随一ですし。
彼には日本の未来の為に、日本一…いや、世界一のプレーヤーになって貰わないといけませんからね、将来どれだけの経済が動くか…まぁ、少なくとも今の彼には理解して貰えないでしょうが…
まぁ暫くは経過を見ておきます、近くで確認出来る状況なのでそれ程苦ではありませんし。
はい、"彼"にも礼を言っておきます、それでは引き続きこちらへの研究費の方も、宜しくお願いします、では…」

…ふぅ、と自然に溜息が出る。
冷房の効いた部屋でも外から降り注ぐ陽光は気怠い。
大事なスポンサー相手への電話も同義だ…

一息つこうと濃い目の珈琲を淹れようとしていると、静かな足音と共に影が瞬く。

「おや、ご苦労様、君も飲むかい?珈琲」

「ふふ、樽崎さんもお疲れ様です、では頂戴します」

「また先方から無理難題を投げ付けられたと思ったが…君に協力を依頼して良かったよ、流石の手腕だ。
ふっ、演技も含めて天才的だったな。
なぁ、"超高校級の心理学者"、御園雲雀くん?」

「いえいえ、恐縮です。
"野球に対してやる気のない桑田くんを本気で取り組ませる"なんて中々変わった依頼ですよね…
ふふっ、上手くいって何よりです、僕としても良いサンプルが取れました、手はずっとヒリヒリしてますが…あはは…」

赤く腫れ上がった左手をひらひらさせながら苦笑する彼には今回頭が上がらない思いだ。

「いえ、樽崎さんのご協力あってのものですから」

こちらの意図を察してニコリ、と笑みを浮かべながら珈琲を啜る姿に軽く気圧されながらも話を続ける。

「いや、こっちは最後に少しだけ関わった位で…一体どうやって彼を変えたんだ?
あんなに必死に野球をやるまでに」

「ポイントはいくつかありました。
先ず、彼は野球が嫌いでは無い、ここは救いでしたね。
では何故野球に対して消極的なのか。
彼の遍歴を調べた所、周りからの孤立、精神的な苦痛を抱いていた事が1つ。
もう一つは、まぁこちらは外的要因なのですが、超高校級の才能、と呼ばれる様になったことによる増長。
この2点が大きな問題だと考えました。

そこで先ずは彼のトラウマを刺激すること、その為の準備を入念に進めました。
まぁこれはカルト宗教等でも使われる手法なのですが、精神が疲弊した時というのは最も認知バイアスが狂い易い、そこで効果的な外的措置を取ることにより彼の心理の軌道修正を執り行いました。有り体に言えば洗脳ですかね。

具体的にはまぁ、彼自身が言ったのですが、野球に対し適度に期待を持たせ、希望をちらつかせた中でトラウマを最も刺激する方法で一気に落とす、これで彼の精神を疲弊させ、正常な判断を一時的に出来なくしました。
少し心は痛みましたが、まぁこうでもしないと次の要素に進めませんからね」

珈琲を一口啜り、話し続ける。
澱みなく話しているが、一介の高校生が話すには内容が余りにもそれと乖離していてまた気圧されてしまう。
私の顔を見ながらニコリ、と笑って御園は話を続けた。

「さて、ここで樽崎さんに協力して貰った段階に入っていくわけです。
ふふ、"彼女"も中々良い演技をしてくれました、精神を絆すには本能的な部分を刺激するのも効果がありますので…
まぁ一種のスパイみたいで桑田くんには申し訳ないですが彼の日常も把握しないといけませんでしたからね、僕は立場上、彼のプライベートにはほとんど関与出来ませんでしたから…」

「全く…高校生が"そういうの"を普通に用意しろなんて言うんじゃないよ。
それにあの稚拙な誘導も桑田くんが"あの状態"だからこそ響いた、というわけか。
通常なら莫迦にして終わりだろうしね。」

「まぁまぁ、彼女も桑田くんもイイ思いをしてるんで良いじゃないですか。
ふふ、もし樽崎さんの名誉を少し傷付けたならスミマセン。
あんな幼稚なやり方で被験体を集めていると勘違いされるのは嘘でもあまり気分が良くないかもしれないですし…」

「いや、そんな事は無い。実際に成果も出ている訳だし文句など付けようが無いね。」

「ふふ、なら良かったです。
しかし依頼者が樽崎さんに今回の件を任せたのも間違っていないとは思いますね、桑田くんの意識を変える、というのが目的であれば貴方の分野が最も適切と言える気がします。
実験は主にプラシーボ効果を利用した心理的な研究、それもかなり強力だとか。
実際思い込み、即ち心の力とは中々のものなので本当に野球が出来ない、と思い込み過ぎると不味かったですし…桑田くんへの調整は上手い塩梅でしたね、流石です」

「まぁ、彼の才能に影響があると不味いからな、今回はそこに作用しない程度には抑えたつもりだよ、かなり曖昧な効果になったからバレないか心配だったが、上手くいったようで良かった。
実際の被験体の子達にはかなり強力な暗示をかける事によってさも自分がそうであるかの様に実行動出来るレベルまで引き上げるからね。
実際の才能保有者の様々なイメージ=種を植え付けるからよりリアリティがあると思うよ。
こうやって希望ヶ峰学園と提携していると各分野でのスペシャリストの情報サンプルには困らないから助かるんだよ。

まぁ余りにも乖離があると上手くいかないこともあるんだが案外馬鹿にならないよ、実際それで才能が開花している事例も多くある、勿論器の大小、フィジカルやメンタル部分での適合率の問題があるから再現性や確実性、という意味で中々実用化は難しそうだが…
もしこの技術がもっと向上すれば、きっと元の人格と全く別の人格に変えることだって可能かもしれない、思い込む力が強ければたがを外して才能が無くても無理矢理その力を発揮出来るかもしれない、これは人類の総有能化に繋がり、ひいては更なる次元の社会形成に繋がるかもしれない…
被験体達の結果を見ていると少し期待しているよ」

「ふふ、いずれ実用性が出た時が楽しみですね。
まぁこうして桑田くんは才能への増長も消え、精神的な疲弊の中、"僕達"という希望を与えられた事によって、素直に野球に取り組んで貰えるようになった、というわけですね。
いやぁ、上手くいって良かったです。
ただまぁ…ちょっとした問題も発生したんですが…」

「ん?話を聞く限り特に問題は無さそうだが…何か不安点でも?」

…頬をかきながら少し恥ずかしそうに答える彼はいつの間にか年相応の青年の顔に戻っていた。

「その…実は僕が…本気で甲子園、目指したくなっちゃったんですよね、初めは桑田くんのボールを受けるために改めて猛特訓したわけですが、いつの間にか心理学者になるために諦めた野球をもう一度本気で、やりたくなってしまって…

ほら後、キャッチャーって楽しいんですよね、打者の心理、相手監督やコーチ、走者の心理を読みながら配球するのが心理学的にもワクワクしちゃうっていうか、いや、半分職業病ですけどね…
というかある意味そのお陰で演技にリアリティが出て、良かったのかもしれません、桑田くんに僕の本気が伝わったから、今回上手くいったのかも…あはは」

「…ふっ、なんだ、そんなことか。
良いじゃないか、青春は一度きり、なんだから。監視役という名目もある、遠慮無く続けていれば良い。
そうだな、自虐的だが私みたいになる前に思い切り阿呆になっておくのも悪くないだろう、良い青春を送れる事を願っているよ」

「はは、お気持ち痛み入ります、では、遠慮なく…また投げ込みを受けに行かないと行けないんです、では!」

走り出した背中を見ながら、つい報酬の話をするのを忘れていたのに気付いた。
…ふっ、まぁ、どうでもいいか、成功したわけだし彼の研究費の口座には多目に振り込んでおけばいい、恐らくそれよりも彼はもっと大きな報酬をこれから得ていくだろうから。

きっとこの夏空の下、彼らの青い時間はこれから咲いていくのだろう…

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